泡盛は、琉球各地でさまざまな儀礼の脇役として大切な役割を担ってきた。その代表といえば祭りである。祭りの酒は神と人とをつなぐ重要な媒体で、祭りには欠かせず、昔から「御神酒(おみき)上らぬ神は無し」というぐらいである。

 ことさら沖縄の祭りが、酒と深い関係があるのは、豊年祭のように五穀豊穣(ほうじょう)に感謝して来夏の豊作を祈願したり、種子取祭(タナドゥサ)のように種を蒔(ま)き、それが無事育つことを祈願したり、収穫に関わる祭りだからである。そこで人々は、泡盛を介してその願いを神に聞いてもらう必要があるからなのである。沖縄には本島、離島を含めておびただしい数の祭りがあるが、その中で他に類例のないほど祭りでは神歌が登場し、その歌詞の中にまで酒が入ってくることである。

 例えば、西表島の豊年祭で歌われる「仲良田節」の一節には「弥勒世果報(ミルクユガフ) 泡盛を創造して 御神酒をつくって…」とあり、石垣島川平の豊年祭では「粟酒(アワザキ)」「米神酒(マイミシャグ)」「泡盛(フーウダシ)」「白神酒(ミシャグ)」などが出てくる。

 祭りのほかに、田植え、稲刈り、家の新築、結いなどでも泡盛抜きには考えられないほど盛んに愛飲され、皆が酔い、歌い、踊るのである。また、家庭での催事においても泡盛の存在は欠かせず、正月、盆、法事などでも人と人、神と人、仏と人をつなぐ重要な役割を担ってきた。子どもが誕生すると「満産(マンチン)」といって親戚や近所の人たちを招いて泡盛で祝いを行い、無事にお産の忌みが明けて母子とも健康であると、「地炉(ジール)退き(シンチ)」と称してこれまた酒宴を張る。子供が健やかに育って1歳の誕生日には「タンカーユーエー」と称して酒宴をする。そして女の子は13歳、男の子は15歳になると「十三祝(ユーエー)」「十五祝」として祝うが、これが昔の成人式であった。

 結婚式の泡盛も大切である。婚約すると「酒盛り(サキムイ)」があり、その後夫婦固めの杯事、三三九度の杯事などがあって披露宴となり、豪華な料理を食べ泡盛を飲み、カチャーシーを踊って指笛吹きにぎやかに祝うのである。

 「成年祝い」では、生まれた年の干支が12年ごとに巡ってくるたびに「年日(トゥシビー)」を祝う。97歳まで長寿には「カジマヤー」と称して盛大に祝うが、これらの儀礼でも泡盛を抜きにしてありえないのである。

 葬礼や洗骨にも泡盛はなくてはならない酒である。通夜は遺体と共に「夜籠り(ユーグマイ)」し、その時は泡盛で悲しみを抑え、生前の個人を偲(しの)ぶのである。今は土葬がなくなったが、昔は墓に遺体を入れた棺を納め、その際、泡盛を詰めた壺(つぼ)あるいは瓶を死者の懐に入れて抱かせる。そして数年後に棺を開け、遺骨をその泡盛で洗う「洗骨(シンタチ)」の儀式が行われる。この酒を「懐酒(フチクルサキ)」といい、この酒で遺骨を洗い、丁寧に清めてから納骨壺に入れて、再び墓に納めるのである。洗骨の意味は、洗骨されないうちは死者は穢(けが)れていて神仏の前には出られない、という信仰と考えられている。

 これまで述べたように、泡盛は生まれてから死ぬまでの人の一生に付きまとってきた島酒であり、この酒を糧にして喜怒哀楽の人生を共にしてきた島民たちなのである。