昨年12月に創立70周年を迎えた沖縄県立辺土名高校に、1945年の開校直後のノート11冊が大切に保管されている。地元の大宜味村饒波出身で2005年にブラジルで没した故崎山善康さんが在学中につけていたもの。学用品のない時代で、米軍のセメント袋を切り取って作られている。当時の授業の記録の他、生徒の寄せ書きも記されている。

ノートを見て終戦直後をしのぶ赤嶺教頭(左)、元校長の金城さん(右)ら=大宜味村・辺土名高校

 崎山さんは1945年12月、4年制で発足した辺土名高校の3年に編入し、2期生となった。一つ後輩の平良真平さん(85)=那覇市=がノートを託され、2006年に学校に届けた。ノートを受け取った当時の校長、金城孝忠さん(66)=同=は「終戦直後で教科書もなく、教師の脳裏にある内容を生徒たちに教えたと思われる。だが、ノートを見ると現在の高校教育よりもレベルが高く、洗練された内容で感動した」と話す。

 ノートには教科名と教諭名が記され、「生物」には後の琉球大学長、故池原貞雄さんの名前もある。他に「文法」「英語」「琉球の歴史」などの教科があった。生徒の寄せ書きも残っていて、「努力の人たれ!」(平良清安さん)、「成功を祈る」(真栄田義弘さん)、「前途に幸多からん事を祈る」(吉本康宗さん)、「世の荒波必ず来る! 必ず乗り越えよ! 必ず成功!」(前田博義さん)などの文章が並ぶ。

 崎山さんは後にブラジルに渡り、在伯辺土名高校同窓会の会長も務めた。1995年の創立50周年に当たって「大志を抱き雄々と希望をもって羽ばたいてほしい」と在校生にメッセージを送った。

 同校の赤嶺正一郎教頭、運天恵梨香司書、事務職員の大田佳織さんらはあらためてノートをめくり、「細かい文字や図形で正確に記述されている。学習への強い意欲を感じた」と先達の努力をしのんでいた。(山城正二通信員)