沖縄現代史研究の第一人者で社会運動に尽力した沖縄大学元学長の新崎盛暉(あらさき・もりてる)さんが31日午後5時38分、肺炎のため南風原町内の病院で死去した。東京都出身。82歳。告別式は5日、那覇市首里当蔵町3の4の1、万松院で。喪主は妻・恵子(けいこ)さん。

シンポジウムで自らの半生を振り返る新崎盛暉さん=2017年4月15日、那覇市の沖縄大学

新崎盛暉平和活動奨励基金の交付式に出席した新崎盛暉さん(中央)=2017年6月

シンポジウムで自らの半生を振り返る新崎盛暉さん=2017年4月15日、那覇市の沖縄大学 新崎盛暉平和活動奨励基金の交付式に出席した新崎盛暉さん(中央)=2017年6月

 沖縄出身の両親の下、幼少時から東京と沖縄を行き来。高校入学後の1952年4月28日、沖縄が日本から分離された講和条約発効を祝う全校集会に違和感を持ち、沖縄の立場を意識した。当時の沖縄教職員会の呼び掛けに応じ、沖縄の戦災校舎復興の資金を募るなど社会運動に関わった。

 東京大学卒業後、東京都庁に勤務し、評論家の中野好夫さんが立ち上げた沖縄問題の関連資料収集のための「沖縄資料センター」研究員として活動に従事。復帰前から沖縄問題の啓発に努めた。本土復帰後の74年に沖縄大学教員となり学長、理事長を務めた。

 沖縄移住後も、金武湾闘争の支援や一坪反戦地主会の立ち上げに尽力。沖縄現代史を専門にしながら研究者の枠にとどまらず、沖縄の民衆運動や社会運動にコミット。基地負担の軽減や構造的差別の解消のため積極的に発言をした。

 2016年12月には、沖縄に関わる平和活動を実践する個人・団体を対象にした「新崎盛暉平和活動奨励基金」を創設。後進の育成にも力を注いだ。

 2013年には、第57回沖縄タイムス賞(文化賞)を受賞した。