◆青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ− 第4部 見つけた居場所 歩 一歩ずつ(3)

後輩を歓迎するキャンプに出発。大学の仲間と円陣を組む玉城歩(左から2人目)=2010年(本人提供)

 「大学、行ってみたら? 子ども好きだから保育士とかさ」。児童養護施設で夜の恒例だった、女性指導員とのおしゃべりタイム。当時17歳の玉城歩(あゆみ)(27)は突然の提案に驚いた。進学は施設で前例がなく、高校卒業後は当然働くつもりだった。

 「保育士かぁ」。自分の長所を見つけ、挑戦する場を与えて成長させてくれた指導員。「先生たちみたいに働きたい」。高3の春、未来への道筋が見えた。

 沖縄キリスト教短期大学保育科を推薦受験し、合格。歩にとって「夢を追いつつ現実も見据えた進学」だった。入学金や学費、引っ越し費用も自前で用意しなければならない。最短で資格を取り働こう−。高校時代、ほぼ毎日アルバイトをしてためたお金は全て、進学費用に充てた。施設を出てしばらくは保証人がいないため部屋を借りられず、友人宅を転々とした。

 物おじせず意見を言える女性に憧れ、高校では生徒会長を務めた。「大学はちょっと遊ぼうかな」と考えていたが、先輩の口車に乗せられて学生会長に。後輩を歓迎するキャンプを企画するなど、学生会の仲間と充実したキャンパスライフを送っていた。

 だが、20歳を迎えた歩にまた、試練が訪れた。二つ上の兄が自らこの世を去った。

 お調子者でいたずら好きの兄だった。たくさん一緒に笑った。小さい頃、男の子にいじめられたら守ってくれた。離れて暮らしても連絡を取り合っていた。

 「あの日連絡してたら、何か変わったかな」「もっと一緒にいれば…」。強いショックと喪失感。何をする気も起きない。「心が折れてしまった。向こうの世界に行きたいって思ってた」。そう語りながら涙がこぼれる。

 「一人でどんどん暗闇に突き進んでいく」のを引き留めてくれたのは学生会の仲間。一緒に泣き、兄の葬儀も手伝ってくれた。演劇や施設で出会った大人たちも、歩の変化に気付いて毎週電話をかけてきた。「知り合いからおいしいお米もらってさ。そういえば最近何食べてるの? お米持ってこうか?」。さりげなく気遣う一言が心に染みた。

 ある日、友人から大学に呼び出された。「歩、パーティーするよ!」。中庭に勢ぞろいした仲間や先生に、ふざけて水を掛けられたり、顔にケーキのクリームを付けられたり。仲間が言った。「なー歩、笑ってたら泣いている暇ないだろ」

 「本当に、みんなに支えられて今があるんです」。孤独に奮闘した幼少期。もう一人じゃなかった。=敬称略(社会部・宮里美紀)

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