陶工たちがろくろ回し、作品づくりの早さと技を競い合う「カーミスーブ(甕(かめ)勝負)」。やちむんの町・壺屋(那覇市)に戦前から伝わる行事で、陶工の技量向上や地域の祭事、娯楽として親しまれてきた。勝負で作る器物には、今は珍しくなったしまくとぅばが、残る。壺屋陶器事業協同組合顧問で沖展会員の島袋常栄さん(74)に、カーミスーブで使う言葉を聞いた。(社会部・西里大輝)

第15回沖展でカーミスーブに臨む金城次郎さん(右)と審判役の大嶺政寛さん(左)=1963年、那覇市・壺屋小学校

カーミスーブや壺屋のしまくとぅばについて説明する島袋常栄さん=3月25日、浦添市内

第15回沖展でカーミスーブに臨む金城次郎さん(右)と審判役の大嶺政寛さん(左)=1963年、那覇市・壺屋小学校 カーミスーブや壺屋のしまくとぅばについて説明する島袋常栄さん=3月25日、浦添市内

 「カーミースーブ、アランヨー(亀の勝負ではないよ)」。島袋さんは、冗談を交えながら、歴史を説明した。カーミスーブは、戦前から行われており、旧暦9月9日の重陽の節句(菊酒)に健康長寿や壺屋の発展を願った。と同時に、陶工の技量を高め、民衆の娯楽でもあったという。

 カーミスーブは陶工をまとめる年長者が、各窯元に呼び掛け、技量が同等の陶工を選ぶことから始まる。紅白2組に分かれたリレー形式。陶工は、ろくろで作品を仕上げると、15〜20メートル離れた台に走って作品を置く。走ってろくろに戻ると、次の陶工と替わる。こうして、10種の器を作り、早さと技を競う。観衆は、ドラや太鼓をたたき、勝負を盛り上げた。

 島袋さんはカーミスーブを「やちむんぬ、へーく、ちゅらく、つくいすーぶ(甕作り勝負は焼き物を速く、美しく作る勝負)」だと説明。速さとできばえを総合的に審査し、勝敗を決めるという。

 課題の器は日常使う生活雑器。湯飲み、皿、マカイ(椀(わん))、カラカラー(1〜2号の酒器)、ワンブー(鉢)などの順で作る。後半は難易度が高く、大きな作品が課題となり、アンダガーミ(豚の脂を入れる容器)、ユシビン(嘉瓶)を作る。時にはフチュクルビン(懐瓶)、タワカシー(泡盛を入れる細長いとっくり)が課題となることもある。

 戦後すぐは、カーミスーブが行われなかったという。島袋さんは、1957年に壺屋小で開催された第9回沖展の陶芸祭(カーミスーブ)が戦後初めてではないかと話す。壺屋三人男と呼ばれ、沖展会員だった小橋川永昌さん、金城次郎さん、新垣栄三郎さんや、画家の大嶺政寛さんが、沖縄の文化復興のために取り組んだのではと推察する。

 島袋さんは当時中学生。ドラや太鼓が鳴り響く中、真剣な表情で勝負に臨む3人や名司会の大嶺さんの姿を思い出す。「職人たちは普段、人前で作ることに慣れていないから後に人間国宝になった金城次郎さんでさえ、手が震えていたよ」。古きよき時代を懐かしんだ。