【南風原】宮平区伝統の獅子舞の2代目獅子を製作した同区出身でハワイ移民の故・赤嶺登助さんの三男トミオさん(84)が24日、同区を訪ね、区民約40人と交流した。300年の歴史を誇る舞を見たほか、提げられた家系図を基に現区民とのつながりも確認。区民らと「交流を続けよう」との思いを強くした。

宮平区出身の父・赤嶺登助さんが作った獅子を前に、区民に話す三男トミオさん(右)=24日、同区公民館

 宮平の獅子は沖縄戦で、米兵に持ち去られたとみられる。獅子がなくなったとの情報はハワイにも伝わり、同区出身者らがお金を持ち寄り、彫刻好きの登助さんに製作を依頼。1950年、同区へ贈られた。

 獅子は丸顔で、毛はハワイの植物ラフィアの繊維で作られており、96年まで使われた。あごにひびが入ったため、現在は3代目が十五夜祭などの舞台に出ている。

 トミオさんは20日、ルーツの地が見たいと初来沖。妻子3人と同区を訪ね、親戚宅の仏壇に手を合わせた。公民館では、区民が持ち寄るなどした戦前・戦後の一族の写真を見たほか、南風原町歌と「さくらさくら」を歌い、自慢ののどを披露した。

 父が作った獅子を見て、兄や姉が中に入って遊んだことを思い出したというトミオさん。「伝統継承に役立ったと聞き、心温まる話だと思った。演技も息が合っていて、とても素晴らしい」と喜んだ。

 歓迎会を主催した宮平獅子舞保存会の喜瀬久夫会長(57)は「獅子を作った人と会え、不思議な気持ち。ハワイとの交流を今後も大切にしたい」と話す。トミオさんは26日、沖縄を離れる。