僕らは今、政治の言葉の劣化を日々まざまざと目撃している。あったものをなかったとウソをつき、ひそかに改ざんした公文書を、国権の最高機関である国会に提出してでも、自らの保身と延命を図ろうとする政治家や官僚たちが跋扈(ばっこ)する国に僕らは暮らしている。何か根源的なものが決壊してしまったのだ。言葉の劣化は政治の世界にとどまらない。批評の世界の言葉もそうなっていないかどうか。

3日間を通して、少年たちが事件と向き合いながら作った野仏。チビチリガマ周辺に12体が設置された=1月25日、読谷村波平

 3月5日付けの本欄(〈どこへゆくオキナワンボーイ 歌が聞こえなかった名護市長選〉)に関して、熊本博之さんという方が本紙3月23日の文化欄に寄稿されているのを読んだ。〈名護の若者は「未熟」か 批判は暴力的 民意尊重を〉との見出しで、僕の文章を批判されていた。僕は熊本さんという方を全く存じあげていない。未知の方からの批判ではあるけれど、読者の誤解を防ぐために以下、書かせていただく。今のタイミングで本欄ではもっと他に書くべきことがたくさんあるが、やむを得ない。

 名護市長選挙において、若者票を取り込む戦略を渡具知武豊陣営がいかに重視していたかは別の箇所ですでに記しているので、お時間のある方や熊本さんもそちらをご参照いただければ幸いである(『調査情報』3/4月号「あまりにも誠実な人物が、あまりにも残酷に扱われるのを、僕は見ていた」や、WEBRONZA『漂流キャスター日誌71』「最も誠実な市長が、最も残酷な形で…」)。そこでは例えば、渡具知陣営に多くの若者運動員を見かけたので、直接身元を確かめてみたら、公明党青年局の若者たちが県内から動員されていた事実があったことや、小泉進次郎議員が最初の遊説場所として名護高校近くを選んで、そこで高校生たちからスマホ撮影攻めにあっていた行状などを紹介した。

 それに比べて稲嶺進陣営には高齢者が多く、そして若者たちが少なかった。もちろん少数の例外はある。選挙運動の基盤をなす資金力、動員力、宣伝力では比較にならないほど差があったことは、現場を取材すると残酷なくらい伝わってきた。けれども勝敗の決定的な要因はやはり、公明党沖縄が今回は「稲嶺おろし」に回ったこと、そして18歳、19歳といった新規有権者の若者たちの投票動向だったと僕は取材を通じて実感した。公明党票の動向は予想できたが、若者たちの票を獲得することは、稲嶺陣営にとっては喫緊の課題だったはずだ。でもその取り組みがなされていないように僕は取材を通じて思った。

 だからこそ僕は、若者たちにとって、とても大事なもの=音楽という要素を通して、稲嶺陣営には歌がなかったこと、運動の場で歌がどんな力を参加者に与えてくれるのかを問いかけたつもりだ。稲嶺陣営には歌を発するという発想がそもそもなかった。

 で、熊本さんの批判だが、全く的を外している。大体僕はタイトルにある「未熟」などという言葉を記してはいない。基地反対運動よりも、スタバが来るとかごみ分別簡略化が〈もっと重要だと判断したのだろうか〉とは記した。彼ら若者たちに直接呼びかける形にしたかったからだ。一部の評論家や世論調査学者のような、自分をカッコに入れるような仕方ではなく。〈まあ、それでいいや、僕は何も言いたくない〉の表現を熊本さんは「言論人としての責任を放棄している」とおっしゃる。何を言っているのだろう。

 僕は、スタバやごみ分別の方が基地反対運動よりも重要だと、たとえ彼らが判断しても、それはそれで仕方がないと思っている。熊本さんが記していた、ゲート前の「住民と敵対する運動のあり方」なるものをみて「辺野古を前に進める」とか叫んだ渡具知陣営の若者がいたとしても、ほんとうに悲しい気持ちがしても、それもやむを得ない現実だと思っているのだ。それくらい〈彼ら〉=国家は「暴力的に」基地建設工事を進めているのだから。「暴力的」という形容詞はこういう際に使うのであって「幼い」という言葉を使ったことが「暴力的」とは、熊本さんは本当の暴力をみたことがおありなのだろうか?

 大体「幼」くたっていいではないか。投票権はある。今の総理大臣夫妻の方がよほど「幼い」。さらにこれは大きな誤解だが、僕が〈あなたの歌っているその歌は、名護の若者のこころには全くもって響いていなかった〉が古謝美佐子さんの歌だなんて、僕は1行も書いていない。僕が念頭にあったのは、〈どうせ歌うならかっこいい歌を歌おう〉と、古謝さんや知念良吉さんのように。

 基地反対運動の現場で歌われている歌は、あえて書くのだが、魅力が乏しい。『座り込め、ここへ』とかは、今の若者たちが一緒に歌いづらいと思う。『沖縄を返せ』の歌詞の主語は〈本土〉の人間ではないか、という鋭い問題意識から、大工哲弘さんは〈沖縄をかえせ 沖縄「へ」かえせ〉と歌い替えた。そのまんまは気色悪い。沖縄には豊かな歌がもっとある、あるいは生み出せるのではないか。

 熊本さんが紹介していた、渡具知市長の方が「辺野古が前に進む」からマシだと思ったらしい若者は今どう思っているのだろうか。渡具知市長が就任早々、定例記者会見制度を廃止しても、市民の要望を国に直接伝えてくれて市政がよくなったと思っているのだったら、それはそれでいいのだ。僕は熊本さんの言うように「さげすみに似た嘲笑」なんかする気は全くない。だって僕は今も目の前に、沖縄のことなんか全く眼中にもない本土の若者たちに日々接しているのだから。

 沖縄の若者たちとどのように関わりをもっていくか。去年、チビチリガマの遺品を傷つけた沖縄の若者たちを指導した金城実さんらの行動に僕は敬意を表する。金城さんは、少年たちにチビチリガマの歴史を説いたうえで、遺族らへの謝罪を経て、少年らとともに仏像をつくってガマの前に12体を設置した。

 いつの日か「幼い」名護の少年たちがゲート前に座り込む日も来るかもしれない。銃規制を求めて米首都ワシントンで「命のための行進」を行った若者たちのように。僕はそう思っている。(テレビ報道記者・キャスター)