今回の行政代執行裁判には、国によれば二つの論点がある。一つは仲井真弘多前知事が行った公有水面埋め立て承認処分を、翁長雄志知事が取り消したのは、「行政の安定性」を害する。もう一つは、仲井真前知事が行った埋め立て承認は合法であって違法ではないという。そして、「裁判はこの第一の論点ですべて決着がつき、第二の論点はもうほとんど審議する必要性すら認められない」と、国が言っていることを、直視しなければならない。

 国側の決定的な切り札となっているのが「行政の継続性」という行政法学上の独特な概念(公定力)で、「行政処分は国家権力の発動であり、裁判所の判決と同じようにそれ自体が、権威を有し、いったんなされた行政処分は違法だとしても、取り消されるまで、何人もその効力を否定できない」というのである。

 国はこれを学説と判例によって根拠づける。学説は行政法学の父と言われる「オットー・マイヤー」(1846~1924年)を元祖とする。現代日本でも行政法学界の重鎮である田中二郎や塩野宏東京大名誉教授などによって支持され、最高裁判所の判例(1968年11月7日)によって確定している。

 これによれば、仲井真前知事の行った処分は「権威」があり原則取り消しできない。仮に翁長知事が取り消す場合は「取り消すことによって得られる利益が、取り消し前よりもはるかに大きい」という場合に限られる。これまでの日米双方の交渉の経過、沖縄の軍事的地位などを衡量すると、その結果は明らかで「勝負あり」という。

 オットー・マイヤーはドイツ立憲君主制時代の学者だ。その学説は「国家統治」から出発する「官治主義的」なもので、ワイマールとナチスという両翼の政治体制に耐えた。ここから「憲法変われど、行政変わらず」という格言が生まれた。

 しかし、戦後日本は国家統治の国から国民主権の国に180度変わった。行政は国民の信託によって仕事を行うにすぎない。そして行政の違法性の判断は裁判所が行う。この国民主権と三権分立の日本国憲法構造の下では、「違法であっても有効だ」というような神がかりのような議論は入り込む余地がない。違法な処分はあくまで違法で、取り消されて当然なのであり、そこには双方の利益を衡量するというような発想もあり得ないのである。

 しかし、残念ながら沖縄県側の主張もこの点に関する反撃は極めて弱く、法廷での本格的な論争を期待したい。(法政大学名誉教授・五十嵐敬喜、公共事業論)