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  • 1855~60年、沖縄滞在中の仏神父が記録した地震観測ノートが発見
  • 3年半の間で45回発生。家の骨組みが倒壊した大きな地震もあった
  • 観測ノートは今後、地震研究に新たな課題や見解を与える可能性も

 【久高泰子通信員】フランス国立科学研究センター名誉所長で、琉球と西洋関係史の大家パトリック・ベイユヴェールとベルギー王立気象研究所のガストン・デマレー両博士が昨年11月、パリ郊外サンマンデ市の気象観測所で、1855~60年の間の沖縄の地震観測記録の仏文書を発見した。ベルギー国立天文学会が発行する仏語雑誌「天と地」(年2回発刊)にことし3月ごろ、発見記録内容が掲載される予定。

ヒュレ神父が書き残した観測ノート

沖縄の地震観測記録の仏文書を発見したベイユヴェール博士。後ろの画面に映っているのがヒュレ神父の写真

ヒュレ神父が書き残した観測ノート 沖縄の地震観測記録の仏文書を発見したベイユヴェール博士。後ろの画面に映っているのがヒュレ神父の写真

 記録を残したのはフランス人ルイ・ヒュレ神父。パリ外国宣教会から沖縄に派遣され、55年2月に布教のため那覇に着いた。同年4月から5月4日まで、気象(天候、温度、気圧、湿度、風速)を観察し、時刻とともに記録し始めたが、同5月、別の使命を受け那覇を去った。

▽家屋の倒壊も

 56年10月に再び訪れ、気象観測を再開した。62年10月まで滞在し、58年9月までの間、毎日5回の気象を観測。それを年に約1度那覇に寄港する外洋船舶に依頼。フランス科学アカデミーのシャルル・サントクレール・ドビル(地質学者で、フランス気象学会創立者)に送っている。

 さらに毎月1日の平均震度を別用紙に記した。57~60年9月の間は月の平均回数のみを記録。57年3月から60年8月までの3年半の間に、大小、長短の地震が45回発生した。一番強かった地震は1分30秒続き、家の骨組みが倒壊したという。

 ヒュレ神父の観察によると、ほとんど毎月、地震が発生。時には1日に2、3度もあった。「地震が非常に頻繁にあり、それは感じられる程の強さだが、被害はない」と記している。

▽「慣れている」

 59年7月初めに、那覇港に寄ったアメリカ人ジョン・ブルック大尉は、ヒュレ神父や同時期に琉球に滞在していたフランス人ピエール・ムニク神父から聞いた話を基に、下記のように日誌に記している。「58年には大きな地震が何度かリュウチュウに起こった。神父たちによると、リュウチュウ人(Loo Chooans)は地震に慣れていて、地震におびえてない。高波や大水に襲われるのでも無く、天候に何の異常もなく、被害もないので」。琉球王国正史『球陽』追記書には、尚泰王の55(安政5)年の8番目と12番目の月に琉球に頻繁に地鳴りがした、と記されている。

 近年、沖縄には、地震が少ないように見えるが、安政年間にはかなり頻繁に発生していた。日本の歴史を見ると、安政年間には日本本土に大きな地震が相次いで発生。そのころの日本全国の地震を調査研究した地震学者たちの日本地震総覧には、ヒュレ神父が記録した57年3月から60年8月までの沖縄の地震は未知のようで、記載はない。

 ヒュレ神父の沖縄地震ノートは今後の地震研究に新たな課題や見解、展望を与えると考えられる。なお、今回の沖縄地震記事は日本の数人の著名な気象関係学者も資料提出で執筆している。