「一生懸命頑張っても頑張っても、許可されない。社会情勢も、患者への対応も分からない若者が担当する仕事にしては責任が重かった」。名護保健所の職員だった20歳前後を振り返り、玉城勝利さん(73)は苦々しい表情を浮かべた。 本土の精神衛生法に遅れること10年。