歴史的事実に司法が真摯(しんし)に向き合った画期的な判決が台湾で示された。

 中国から台湾に移った国民党政権が、多くの住民らを虐殺した1947年の「2・28事件」で父を失ったとして、県内の遺族が台湾政府に損害賠償を求めていた訴訟の判決で、台北高等行政法院(裁判所)は政府側に600万台湾元(約2千万円)の支払いを命じた。

 政府側は上訴するか検討中だが、支払いが決まれば同事件で外国人が補償を受ける初めてのケースとなる。

 提訴した浦添市の青山惠昭さん(72)の父で、漁師だった惠先さんは、38歳で事件に巻き込まれた。一家は日本統治下だった台湾の基隆で暮らしていたが、惠先さんは出征しベトナムで終戦を迎えた。戦後復員し、家族を捜しに台湾へ渡ったところ、連れ去られ行方不明になったという。

 青山さんは2013年に台湾政府の委託を受けた基金会に父への賠償を申請した。惠先さんが事件で失踪したことは認められたものの、賠償については昨年7月に却下された。「慰安婦」など戦争中の台湾人に対する賠償請求に日本政府が応じていないことなどがその理由だった。青山さんはこれを不服として同年9月に提訴していた。

 判決は、事件への賠償を定めた特別条例に、外国人への支払いを認めない条文はない、などとして、賠償に応じるべきだとした。

 青山さんは判決後、「やっと無念を晴らせた」と喜びを語った。国籍を超えて救済の手を差し伸べた今回の司法判断を評価したい。

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 台湾は、地理的な近さから沖縄とのつながりが深く、人的な交流も活発に行われてきた。日本の植民地だった時代には多くの沖縄出身者が暮らし、第2次大戦末期には先島の住民らが疎開した。

 日本の敗戦で植民地支配から解放されて間もないころに起きた「2・28事件」。犠牲者は2万人余りとされ、台湾社会に深い傷を残した。

 国民党独裁時代にはタブー視され、今も謎が残るという。だが、1987年の戒厳令解除に伴い民主化が進み、95年に当時の李登輝総統が公式に謝罪してからは、真相究明や補償が進んでいる。

 県内では、台湾研究者の又吉盛清氏を代表に同事件の沖縄調査委員会が発足し、沖縄出身者の被害解明に努めてきた。同委員会によると、犠牲者はほかに3人が判明している。

 どのような状況で事件に巻き込まれたのか、二度と悲劇を繰り返さないためにも、今回の判決が事実を掘り起こす契機となるよう期待したい。

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 1月の台湾総統選では、台湾独立志向の最大野党、民主進歩党(民進党)の蔡英文主席が初当選し、8年ぶりに民進党が政権を奪還することになった。

 今回の司法判断は、選挙による政権交代が当たり前になるなど民主化が進み、経済的にも豊かになった台湾社会の成熟の現れともみることができる。戦後処理のあり方などで日本政府にとっても参考となりそうな判決だ。