沖縄発祥の武道・空手道は、世界180カ国以上、約6千万人の競技人口を誇る。時代とともに複数流派に分かれたが、相手を傷つけずに「身を守る技術」として鍛錬をするのは共通の精神文化だ。現在の高段者たちも、先達たちから、しまくとぅばで、その精神を受け継いできた。命の大切さを後世に伝えようと取り組む。(運動部・花城克俊)

「にんとーてぃーぐぁー」を披露する仲本政博さん=那覇市首里

チーシーを使って手首の鍛錬を行う東恩納盛男さん=那覇市牧志の本部道場

「にんとーてぃーぐぁー」を披露する仲本政博さん=那覇市首里 チーシーを使って手首の鍛錬を行う東恩納盛男さん=那覇市牧志の本部道場

 沖縄伝統空手のルーツ「唐手(とぅーでぃー)」の一つに、首里士族が発展させた首里手(すいでぃー)がある。沖縄伝統古武道保存会総本部・文武館会長の仲本政博さん(78)=那覇市=は首里手の継承者。「師匠から技術的に多くの教えを受けたが、武術は相手を攻撃するものではなく、身を守るために使うものだと厳しく言われた」と言う。

 仲本さんは、泡盛蔵元として名高い首里三箇、鳥堀に生まれた。首里手の祖・松村宗棍の孫弟子・知花朝信やその弟子の名嘉真朝増の下で修行を積んだ。「今の時代と違って、簡単には技術を教えてくれない。礼儀と空手に対する心構えがしっかりしていないと入門を許可されなかった」と当時を振り返る。

 稽古では徹底して型を習得。応用ではあらゆる状況を想定し、返し技の練習も行った。寝転んだ状態で攻撃を受けた時の対処法である「にんとーてぃーぐぁー」もその一つだ。両足を巧みに使い、相手の動きを止める。

 「実戦を想定した稽古だから、気を抜くとけがをする。先生からは『どぅぬぬちんかい、どぅんちまむねーならん』(自分の命は自分で守らんといけない)とよく言われた。稽古中はすごく緊張感があった」

 首里手と同じく唐手の系統をくむ那覇手(なはてぃー)の流派にも「自己防衛」の精神が根付く。国際沖縄剛柔流空手道連盟の最高師範、東恩納盛男さん(77)=那覇市=は「剛柔流の型は受けから始まっている」と説明する。

 「先人からの教えは、武道の本質は身を守るためにあるということ。自分から攻撃を仕掛けたりするものではないと言われてきた」。説明しながら、那覇手の開祖・東恩納寛量らの写真をみつめた。

 稽古の基本は型を徹底して行うが、時には激しい組手も行った。「靠基(かきえー)といって何でもありの組手。実戦で気を抜くと大けがどころか命を落とす。先生は武道の稽古は見せ物じゃないと口にしていた」と語る。

 師匠・宮城安一は「人前では空手の話はしなかった」という。「『ふかんでー、はなしぬならん』(外で話してはいけない)と。空手をやっていると知られると、けんかを売られることもある。他人に悟られないことも身を守るすべだと教えられた」と振り返った。