名護市辺野古への新基地建設に反対する国会包囲行動や支援集会が21日、全国9カ所で一斉に開かれた。

 東京での包囲行動は4回目。前回を大幅に上回る約2万8千人(主催者発表)が参加し、これまでで最多の人数となった。本土での取り組みは新基地建設に反対する沖縄の人々を勇気づける。

 沖縄と本土の関係は明治期の琉球併合以来、寄せては返す波のように「包摂と排除」「同情と反発」が繰り返され、過去何度も「日本にとって沖縄とは何か」という問いが沖縄側から発せられてきた。

 本土での「止めよう!辺野古埋め立て」の取り組みは、安保法廃案と新基地建設反対の二つの運動をつなげたところに大きな特徴がある。

 与党圧勝の空気が漂う参院選を前に、「このままでは…」という市民の危機感が安保法廃案と新基地建設反対をつなげたとみることもできる。

 両者の運動に共通するのは、「憲法」「立憲主義」「民主主義」「地方自治」が押しつぶされそうになっている、との危機感である。

 「国家の安全保障」が絶対視され、「沖縄の自治」や「法的安定性」などの守るべき価値が犠牲になっていることへの危機感である。

 北朝鮮の核開発や中国の海洋進出に象徴されるように、東アジアの安全保障環境が変化したのは疑いない。世界が不安定化し、何の罪もない市民の犠牲もあとを絶たない。 だが、片山杜秀・慶応大教授が指摘するように、「時務の論理」が突出して独り歩きするのは危うい。

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 「時務の論理」ということばは、日中戦争が始まった昭和10年代に好んで使われたという。危機の時代に、緊急事態への即応力を高めるため、「目先の都合にあわせて法解釈も何も変えていく論理」-それが時務の論理だと片山教授は指摘する(2014年7月2日付朝日新聞)。

 国の存立に関わるという決めぜりふで無理を通してきた結果、軍部が暴走し、政党もメディアもそれを止めることができず「戦争・敗戦・占領」という悲劇を招いたことを忘れるわけにはいかない。

 戦後、敗戦国民が憲法を受け入れ、三権分立というチェック・アンド・バランスの制度を導入したのは、行政権力の暴走を食い止めるためだったはずだ。

 その機能が日本の政治から損なわれつつあるという危機感は今、多くの国民が共有し始めている。「安保法」と「辺野古」はその象徴である。

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 「辺野古」をめぐって沖縄と本土との間には、かつてないほど深い亀裂が生じている。「安保法」についても、メディアを含めて国論の分裂が生じている。

 だからこそ時の政権には慎重さ、丁寧さ、説明責任が求められるのである。だが、安倍政権は国会の数の力を頼りに強引にことを進めるのをためらわない。それが可能になっているのは、国会野党の力が弱いからだ。

 野党5党は23日、参院選の候補者調整に向け、幹事長・書記局長会談を開く。正念場と心得てもらいたい。