【伊江】伊江村は、沖縄戦で「集団自決(強制集団死)」のあったユナパチク壕での悲劇を後世に伝えるための記念碑を3月に建立する。村によると、村内で「集団自決」に関する碑の建立は初めてで、「同様な碑は県内であまり聞いたことがない」(県)という。生存者の並里千枝子さん(79)=北谷町在住=や島袋秀幸村長らが24日、壕のあった場所を訪れ、み霊に手を合わせた。(北部報道部・伊集竜太郎)

ユナパチク壕の東側入り口だった古井戸に向かい祈りを捧げる並里千枝子さん(左から3人目)や島袋秀幸村長(同2人目)ら=24日、伊江村西江上

ユナパチク壕跡の記念碑のイメージ図(伊江村提供)

ユナパチク壕の東側入り口だった古井戸に向かい祈りを捧げる並里千枝子さん(左から3人目)や島袋秀幸村長(同2人目)ら=24日、伊江村西江上 ユナパチク壕跡の記念碑のイメージ図(伊江村提供)

 村は並里さんの証言で、ユナパチク壕で集団自決があったことを把握。並里さんの要請や戦後70年の一環で建立を決めた。横幅約1・4メートル、高さ約1メートルの御影石に、昨年8月に並里さんが出版した戦争体験をつづった著書を引用。「住民およそ80人が日本軍から渡された手りゅう弾によって集団自決する悲劇が起きた」などと記す予定だ。

 ユナパチク壕は、村西江上にあった日本軍が構築した陣地壕。村の実測や航空写真などから地下約15メートルの地点に長さ約50メートル、幅約1・8メートル、高さ約2メートルのトンネル状の壕が掘られている。入り口は東西にあり、現在は村営西江上団地になっている東側入り口の古井戸付近に建立する。

 並里さんは手を合わせた際、「当時のことが鮮明によみがえった」と涙をぬぐい、み霊に「二度と戦争は起こさせない」と祈りをささげた。島袋村長は「生存者が少なくなる中、戦後70年の節目に建立を決めた。島には多くの修学旅行生も訪れる。戦争を風化させず、その悲惨さと平和の尊さを伝えるシンボルとして、教材としても活用できれば」と話した。

 伊江島では少なくとも四つのガマなどで「集団自決」が起きて200人以上が犠牲になったとされる。