これはもう「普天間」の固定化というしかない。本気で「1日も早い危険性除去」を考えているのであれば、辺野古移設計画を見直すべきだ。

 米太平洋軍のハリス司令官は23日、上院軍事委員会の公聴会に出席し、普天間飛行場の辺野古移設が2年余り遅れ、2025年になるとの見通しを明らかにした。

 辺野古移設を前提とする普天間飛行場の返還は、早くても25年以降にずれ込む。

 安倍政権が仲井真弘多前知事と約束した普天間の「5年以内運用停止」は期限まで3年を切ったが、政府は米軍と交渉さえしていない。日米のちぐはぐな対応が示すのは、辺野古移設計画の破綻である。

 普天間の返還時期をめぐっては、これまでも決定がころころと変わり、そのたびに返還が繰り延べされてきた。

 1996年4月に両政府が合意した当初案は「5~7年以内の返還」。2006年の在日米軍再編の最終報告合意で「14年」となり、13年に決まった現行計画では「22年度またはその後」と後退した。

 さらに2年遅れると言われても、その実現性さえ疑わしい。

 政府が言うように危険性除去が主たる目的であれば、「世界一危険な米軍施設」を合意から20年放置しているのは理屈に合わない。

 ハリス氏は移設実現に向けた日本政府の「責任」に言及したが、このまま強行しても現場の混乱は深まり、計画は遅延する一方だ。最終的に日米関係の不安定化を招くものである。

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 辺野古移設に無理があることは、あらゆる場面で証明されている。

 そもそも現行案は県の事前了解も得ずに日米が一方的に決めたものである。仲井真前知事でさえ一時期「辺野古に固執するのではなく、もっと早く現実的に移設できる県外の場所を探すべきだ」と繰り返していたではないか。

 先月の宜野湾市長選では、政府、与党が応援し勝利した現職も、翁長雄志知事や県政与党が推した候補も、同じように「普天間の5年以内の運用停止」を訴えた。

 開会中の県議会で翁長知事は、知事就任以来開催されていない国、県、宜野湾市による普天間飛行場負担軽減推進会議などでの話し合いを強く主張した。

 普天間飛行場の危険性除去は辺野古移設を前提にしなくても可能で、そのために今重要なのが5年以内の運用停止である。

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 1995年に起こった米兵による暴行事件への県民の怒りが、基地の過重負担に対する保革を超えた異議申し立てとなり、普天間返還が動きだした。

 あれから20年。返還までさらに10年かかるとなれば、事件後に生まれた子どものさらに子どもの世代まで過重負担を背負わせることになる。

 今こそ県と宜野湾市、名護市が足並みをそろえ、日米両政府に働き掛ける時だ。

 県と宜野湾市、名護市、県議会与野党が一致して取り組めば状況を変える大きな力となる。