約25万人を動員し、4月22日に閉幕した沖縄国際映画祭。今回は、2009年にスタートして10回目の節目だった。旗振り役の吉本興業・大﨑洋社長は、ビジネス上での利益も人材発掘の仕掛けも「全くない」と話す。沖縄で映画祭を続ける理由とは? 大﨑社長に聞いた。(デジタル部・與那覇里子、学芸部・天久仁)

第10回沖縄国際映画祭のレッドカーペットを歩く榮倉奈々さん(左)=2018年4月22日

-なぜ沖縄で映画祭を始めたのか

 「ダウンタウンの松本人志くんの監督作品『大日本人』が2007年、カンヌ映画祭に招待され、スタッフ25人ほどでカンヌに行った。毎年カンヌに行けたらいいなと思ったが、毎年、松本くんに映画を作ってもらうのも大変だし、スタッフも倒れてしまう。そこで、自分たちで映画祭をやることを思いついた。どうせやるなら沖縄の北谷町の公園、アメリカンビレッジがいいなと思った。昔、沖縄の北谷を散歩したことがあって、ビーチのそばだし、フリーマーケットもある。雰囲気も良く、ちょうど映画館もあった。単純に深い考えも戦略もなく、なんとなく始めた」
 

沖縄国際映画祭を振り返る吉本興業・大﨑洋社長=2018年4月20日、那覇市の沖縄ラフ&ピース専門学校

-カンヌに行って、そこから映画祭をやるという考えはなかなか行き着かない。沖縄の観光客の増加を見越して、沖縄で稼いでいくことが視野にあったのか。

 「全くない。ゼロ。そもそも社員のほとんどが、映画祭に行ったことも見たこともなかった。最初の会議は東京国際映画祭のパンフレットをとりあえず集めてこようと言って終わった。2回目の会議で、特別審査員賞とかいろいろな賞があることや賞金が必要なことが分かった。吉本含め仲良しの会社5社と5千万ずつ出し合って、3億円を集めることを最大目標にした」
 「しかし、出てきた事業計画は6億8千万円。これやめて、これやめてと削ってもまだ6億円かかる。足りない3億円をどうするか。そこで、仲のいいパチンコメーカーのKYORAKU(京楽産業)の社長に『どうしてもお金が足らんのや。5千万と言っていたけど、あと3億円出してくれへん?』って言ったら、『分かりました』と。『ええの? ほんとにええ?』と興奮した。部屋を出て急いで携帯で東京に電話をかけた。『オッケー、出してくれるって言ってくれたわ』。そんな流れでスタートした」
 

第1回沖縄国際映画祭でカメラにむかってガッツポーズをするゴリ(左)と川田広樹(2009年3月19日撮影)

-結局、いくらの赤字なのか

 「2回目、3回目、4回目、5回目、6回目まで、3億6千万~4億7,8千万円の幅で毎回赤字。これまでひどい時は約6億円の赤字。あの時は8億円くらいの事業規模になっていた。実行委員会で会計監査して分かってるはずなんだが、あんなケチの吉本がそんな赤字で映画祭をするわけがない、裏に絶対何かあるのではとみなさん思っていると思うが、ない」

-赤字だとしても、2015年には常設の沖縄花月もオープンし、全国的に人気の芸人も毎日沖縄に駆けつけて舞台に立っている。沖縄県の人口や観光客の増加を見込んでの仕掛けなのか。

 「全部赤字。花月をやったところで、1500円、2000円、3000円のチケットで毎日、沖縄のお客さんが来てくれるかといったら、そこまで来てくれない。最初から利益は考えてない」

 「当時、沖縄県に吉本所属のお笑い芸人が60人くらいいた。アルバイトしながら芸人をやってはいた。でも、全然仕事がない。小屋を作れば、毎日一生懸命ネタを作ったり、稽古をしたりする。ずーっと赤字ですけど、縁あって吉本興業に所属してくれている沖縄の子たちのために、続けようと思っている」

2015年、オープンした沖縄花月の舞台に出演した吉本の芸人たち(2015年03月12日撮影)

―2018年4月には、エンターテインメントを学べる専門学校も沖縄にオープンした。人材発掘に関してはどう考えているのか。

 「発掘は無理。これまでも発掘していない。沖縄アクターズスクールから安室奈美恵ちゃんが出てきた。歌手もビギンさんがいて、沖縄出身の方はたくさん活躍している。でも内地から来た吉本が発掘するというのは、つぶされるかいじめられるかですから(笑)。発掘しようがないし、ポテンシャルがあるにしてもそこに行くことはできない。それはやっぱり、内地の会社が沖縄に来て、稼いで、それを内地に持って帰ってしまうと思われる節があるから、発掘はあり得ないと思っている」

第10回沖縄国際映画祭のレッドカーペットに参加した黒木メイサさん=22日、那覇市・国際通り

-今後も映画祭は続けていくのか。

 「日ごろ、東京で仕事をしていると、日本全体のことをイメージしない。でも、映画祭をやることで、東京にいてもどこかで沖縄のことを気にしている。沖縄で仕事をすると爆音が聞こえたり、基地が見えたりする。社員それぞれが感じるところがある。内地に帰って、沖縄で感じたことを伝えたり、考えたりすることを繰り返していく必要がある。東京で沖縄の記事を読んで『へー』だけで終わらず、繰り返すことで自分の中で消化することにつながるから。それは社員、芸人一人一人にとっても会社にとってもいいことだし、組織全体としても日本人としてもバランスがとれる。だから映画祭を続けようと思う」