戦没者遺骨収集推進法案が参院で可決された。今国会で成立する見通しだ。戦没者の遺骨収集を「国の責務」と明記し、政府に収集作業の基本計画策定を課した点で評価できる。

 厚生労働省によると先の大戦時、沖縄や硫黄島、海外での日本人戦没者は約240万人。うち遺骨を収容できたのは約127万人で、残り113万人が未収という。戦後70年が過ぎた現在も、戦没者の約半数の遺骨が収容されていない事実に驚く。しかも国の事業による収容は約34万人分にとどまり、多くは遺族やボランティアなど民間に頼ってきた。

 厚労省が実施する収容事業は、1952年海外の戦地で命を落とした兵士を主な対象とする衆院決議が根拠だ。75年までに19万人の遺骨を収容したが、その後は「情報が少なくなったため」(厚労省)、遺族会などに委託し細々とつないできた。

 民間人については、根拠となる制度も無く十分な調査もされていないのが実情だ。多くの住民が犠牲になった沖縄戦の遺骨収集もこうした実態を反映。2015年度までに18万5121人分の遺骨が収容されたが、現在も毎年約100人分の遺骨が新たに収容されている。

 遺骨収集に消極的な国の姿勢は、遺骨の身元特定も困難にしている。戦後、空の骨壺を墓に納めざるを得なかった遺族は全国に存在する。

 沖縄では遺族などの要請を受け01年に県がストップするまで、収容された多くの遺骨が身元不明のまま焼骨されてきた。

■    ■

 厚労省が戦没者遺骨にDNA鑑定を始めたのは03年。しかし「死亡者名簿などの記録資料から戦没者及び関係ご遺族を推定できること」を条件としたため、この間、沖縄で特定されたのは氏名の入った遺物が発見されたケースなど4人にとどまる。全員が日本兵で、民間人はいない。

 これに対し遺族や遺骨収集の関係者は(1)収容した遺骨のうち、可能なものはすべてDNA採取してデータベース化する(2)希望する遺族のDNAもデータベース化する(3)両方を突き合わせて身元を特定する-の3点を要望してきた。

 法案可決を受け、厚労省は鑑定条件の一部緩和を検討するが、それでもDNA鑑定は、1人分の遺骨という「個体性」が明らかで歯が残る場合などに限る方針。身元特定の加速化につながるかは不透明だ。そうした仕組みの制約の上に、戦後70年という長い年月による遺骨や記憶の風化が、遺骨の身元特定を困難にしているのも事実だ。

■    ■

 遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表は長年、「戦没者の遺骨収集は誰の責任で行うべきなのか」との問いを国に投げ掛けてきた。法整備の実現を前にした今、「遺骨が遺族の元に帰らなければ、遺骨収集の本来の意味はない」と危惧する。

 同法は、戦後初めて国の責任を明文化した。ならばどんなに困難であろうとも、一人でも多くの遺族の元に遺骨を帰す責任が、国にある。