2014年5月。名護市長の稲嶺進氏らがNYを訪れた。目的は、名護市への新基地建設反対を訴える稲嶺氏の講演。一般が対象の会場は満員。稲嶺氏の話で米国在住県系の多くの疑問が明確になった。例えば、米軍基地の場所を沖縄に決めるのは日本政府の理不尽な強制であり米国ではないこと。それを非民主主義と知りながら、米国は日本が差し出した捨て石の防波堤の沖縄を都合よく利用しているだけだと。

現在の瀬嵩の浜。学童期に夏休みに過ごしたころは、写真の岩には盆栽のような松の木が生えて風情があった

 会場では映像が流れた。瀬嵩の白浜・大浦湾・辺野古の風景が私の昔の記憶をよみがえらせた。学童期の夏休みは母の実家の瀬嵩や辺野古の親戚の家に住んでいた。名護に戻ると友達に久志村の別荘地で過ごしたと気取ってしゃべっていたのを覚えている。それは全くのうそだった。父の戦死で5人の母子家庭は貧乏暮らし。食べ盛りの姉弟は白米が食べられ、家の前で魚介類が豊富に捕れた瀬嵩と辺野古にあずけられていただけだ。講演会では、そんな昔の面影が脳裏に浮かんだ。

 会場の後ろの席からNY在住数年の30代の県系女性が立ち上がり「生活上、沖縄は基地が必要だ」と発言した。その発言が無邪気からくるものか、あるいは無知なのか分からなかったが、女性がまだ「若い」ことが引っかかった。私はそれまで周囲の話をおとなしく聞いていたが、女性の発言で頭の中に電流が走った。前から2列目にいた私は深呼吸し立ち上がり、その女性に向かって話し始めた。うちなーぐちと英語、日本語が交ざったまま「わったーうちなーんちゅよー。ギブミーチョコレートの時代はもう終わったのよ」。好奇心旺盛のニューヨーカーたちと視線を交わしながら、「1ドルはもう360円じゃないですよ」とも。

 同時に、当時9歳だった私の孫娘との対話が浮かび、引用した。日本における沖縄の面積は0・6%にもかかわらず、米軍基地は過重に負担していること。それに対して米国人の孫娘の反応は「絶対に不公平だ!」だった。

 以前から沖縄の基地問題は政治問題ではなく、日本政府の沖縄への偏見・基本的人権に原点があると信じている。外国からはそれがよく見える。1995年に国連で証言すべき課題だと信じ、国連前である沖縄の団体と輪を組んだこともある。翁長雄志知事が昨年9月、国連で人権侵害の発言をすると知ったときは大声で「Yes!」と叫んだ。

 どんな組織や国にも思想の違いはある。「いちゃりば ちょうで~」はよく会話で出るが、最近、観光中のあるシマンチュに「いちゃりば オーエー(けんか)」と言われた。対岸に到着する目的が共通なら、オーエーするより呉越同舟のチムグクル精神で協力すると必ず到着できる。

 ワッターシマンチュたちは独自性のある文化を愛し、尊厳ある県民なのだと認識すべきであろう。その誇りを抱き続けると連帯感はもっと強化できると信じている。10月の世界のウチナーンチュ大会には5千人余りの海外ウチナーンチュが参加する。それは原点であるウチナーンチュアイデンティティーの再充電を求めて集まるのである。(ていこ与那覇トゥーシー通信員)