「上手に作ろうと考えてはだめ。まず八八八六の音の数を合わせて琉歌を詠むこと。最初は共通語でもいい」

▼24日に亡くなった琉球古典音楽の人間国宝・島袋正雄さんに「私にも琉歌が詠めますか」と聞いたときの返事だ。「歌三線を深く理解するには、琉歌に親しむのが一番」が持論だった

▼歌詞の意味を丁寧に説明する独特の演奏スタイルは、2005年の85歳記念公演でも変わらず。「人間国宝といっても私がすごいわけじゃない。文化財なのは歌ですからね」。大家ぶらない振る舞いには品格が伴っていた

▼楽器としての三線にも特別の思いを持っていて、1988年に県立博物館で開かれた「三線名器百挺(ちょう)展」で県内各地の三線鑑定にも関わった。「さんしんの日」の会場で、愛好家が持ち込む三線に真剣に向き合っていた姿を覚えている人も多いはず

▼野村流音楽協会の会長職を務めた直後から、古典二百数十曲の録音に取り組んだ。曲想を的確に捉えた出来栄えを、伝統芸能史研究の大城學さんは「忙しい中でも、研究を怠らなかったからできた偉業」と評価する

▼島袋さんの琉歌「歌の道学で 人の真(み)理(ち)さとれ 我肝修めよる 要ともて」の通りの姿が浮かぶ。歌詞や楽器、そして曲。連綿と続く歌三線文化全体を追究し続けた95年の生涯。その歌声はいつまでも人々の心の中に響き続ける。(玉城淳)