認知症を患う91歳の男性が1人で外出し電車にはねられ死亡した事故をめぐり、鉄道会社が遺族に賠償責任を求めた訴訟で、最高裁は「家族に責任はない」との初めての判断を示した。

 急増する認知症患者の介護を家族にだけ押しつけることはできないとする現実に即した判決だ。認知症対策は高齢者介護の中心課題であり、介護の社会化を促すメッセージを読み取ることもできる。

 事故は2007年、愛知県で起きた。男性は、当時85歳だった妻がうたた寝をしたわずかな隙に自宅を出て、駅構内で線路に立ち入り、電車にはねられた。

 JR東海が運転停止に伴う振り替え輸送費などを求めた訴訟の一審は妻に過失、離れて住む長男に監督義務、二審は妻のみに監督義務があったとして、それぞれ賠償を命じた。

 裁判で争点となったのは家族の監督義務である。

 最高裁の判決は、妻が高齢で自身も介護が必要だったことなどから「同居する配偶者というだけで民法上の監督義務を負わない」とするものだ。賠償責任もないと結論付け、家族側が逆転勝訴した。

 亡くなった男性の家では妻が介護を担う一方、遠方に住む長男の妻が介護を手伝うため近所に引っ越し、家族で協力し見守りを続けていた。

 今回の判決は、これだけ一生懸命介護にあたったのだから、責任を問うことはできないというものだ。

 重い負担に押しつぶされそうになりながら、ぎりぎりの状態で家族を介護する人たちの気持ちをくむ判決である。

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 2012年に約462万人だった認知症高齢者は、25年には約700万人に達するといわれている。7人に1人から5人に1人に増える計算だ。

 認知症であっても1人暮らしや夫婦のみの世帯が増える一方、大家族で暮らしていた時代とは違って家族の介護力は弱まっている。 

 警察庁によると14年に認知症が原因で行方不明になった人は1万人を超え、429人の死亡が確認されている。 

 認知症が誰にとっても差し迫った問題であることは、それによって起こるリスクとも無関係ではいられない。

 最高裁判決は、認知症の実態と介護の困難を理解した点では評価できるが、生じた被害に対し誰がどれだけ責任を負うかは不透明なままだ。

 被害者救済について、補償のあり方など議論を進める必要がある。

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 裁判は終わった。しかし問題がすべて解決したわけではない。一番大切なのは認知症患者の命を守ることで、そのために必要なのは認知症になっても安心して暮らせる街づくりである。

 市民や行政の関係者が参加して、メールで送られた情報などをもとに認知症行方不明者を捜す模擬訓練が各地で取り組まれている。地域を挙げて見守ろうという活動で、県内でも昨年11月、沖縄市で実施された。

 いざという時のためのネットワークづくりを急ぎたい。