週末は原発作業員でにぎわう福島県いわき市。市中心部から電車で10分ほどの温泉街に沖縄料理やワインに合うおつまみを提供する「A家食堂」がある。店主は沖縄で調理師専門学校に通い、うちなー料理を学んだ岩立文子(いわたて・あやこ)さん(44)。店は地元の常連客だけでなく、沖縄出身の原発作業員らのくつろぎの場でもある。原発事故後は閉店も考えたが、今は3人の子どもを育てながら、店を切り盛りする。(社会部・城間陽介)

客に自身が釣った魚を見せて料理の説明をする岩立文子さん(右)=1月28日、福島県いわき市のA家食堂

震災後、閉店も考えたが再起を決意、子どもたちも大きくなった岩立さん一家=2月27日、福島県いわき市常磐湯本町

客に自身が釣った魚を見せて料理の説明をする岩立文子さん(右)=1月28日、福島県いわき市のA家食堂 震災後、閉店も考えたが再起を決意、子どもたちも大きくなった岩立さん一家=2月27日、福島県いわき市常磐湯本町

 外観はワイン食堂、中に入ると座敷と円卓があり、カウンターには泡盛の一升瓶が並ぶ。訪ねた2月27日は、予約だけで席が埋まった。「最近は観光客や復興事業関係者も多いですよ」と岩立さん。沖縄出身の客も多く、ウチナーグチが店内で飛び交う。「さんぴん」の言葉の意味から、原発と基地、日本のあるべき姿まで話題はつきない。

 父親が病気だったため、食事に気を使う家庭に育った。旅行社の添乗員として全国各地を回った20代、長寿県沖縄の文化と出合った。地元で健康志向の店を開きたいと約3年間、琉球料理を学んだ。「中国の流れをくむ沖縄に日本料理の原点がある気がした」。沖縄時代の友達だった米軍人から「アヤ」ではなく「エイヤ」と呼ばれた経験から「A家」とし店をオープンしたのが2008年。

 順調だった店は、震災で被害が出た。放射能の風評で客は激減。子どもの健康面の心配もあり、精神的にも病みかけた。

 そんなとき、沖縄時代の友人から琉球ガラスの食器や支援金が届いた。お返しにと地元の野菜や魚は送れなかったが、沖縄の友人は「今度、困っている人がいたら何かしてあげて」と言ってくれた。

 少しずつ、前を向けるようになった。震災翌月に生まれた次女あかりちゃんは4歳に、長女あみ子さん(13)は中学1年、長男文哉君(10)は小学4年に成長している。

 店内にはカジキを釣り上げた岩立さんの写真がある。震災後に船の免許を取得したという。「海を見ていると人生だなって。荒れもすれば、なぎもする。いつか女友達でカジキを釣るのが私の夢なんです」。再起の笑みがこぼれた。