沖縄公共政策研究所(安里繁信理事長)の2016年新春特別セミナーが2月26日、那覇市のタイムスホールで開かれた。「観光戦略をどう描くか。沖縄の強みと弱み」と題し、元ゴールドマン・サックス証券アナリストで、小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が基調講演した。講演内容を紹介する。

沖縄の観光戦略について語るデービッド・アトキンソン氏

 日本を訪れる外国人観光客数の潜在能力は5600万人だと考えている。

 外国人観光客が訪れた国で支払う額が、経済規模に占める割合は、日本は0・4%。世界の平均は約4倍の1・3%だ。現在の外国人観光客数を4倍にすると5600万人になる。

 自然、気候、文化、食事の四つが観光客を引きつける必要条件。日本には4条件がそろっている上に多様性に富んでいる。多様性がある国ほど、観光客が集まりやすい。

 世界トップクラスの観光立国、フランスには年間約8400万人の観光客が訪れる。イギリス、ドイツはそれぞれ約3700万人だ。フランスには高い山や地中海のビーチなどがあり、自然が豊富で、料理も有名だ。イギリス、ドイツにはそれぞれ欠けるところがあり、観光客数の差となっている。

 日本はどうか。北海道から沖縄まで細長く、四季がある。海があるし、雪も降る。環境面での強みがある。日本文化も多様性があって食文化にも影響しており、だから冒頭の5600万人の潜在能力につながる。

 日本政府が以前までPRしていた「おもてなし」「治安のよさ」「公共交通の正確さ」は基本的に観光資源にならない。見たいもの、食べたいもの、体験したいものがないと観光で訪れようとは思わない。これは統計データでも出ている。

 距離の遠い国から訪れる観光客ほど滞在日数が長く、消費額が多い。観光消費額の多い国民の世界トップはオーストラリア。近い国がほとんどなく、飛行機で遠方まで出掛けないといけないため、所得がないと外国に行けない。移動に予算を掛けるので、長期滞在にもなる。

 遠くから訪れた人たちは長期滞在するため、時間の余裕があるので自然、文化、歴史をじっくり見て回る傾向がある。

 観光の分析は、国や観光客の属性ではなく、観光にどれだけ投資をしたかで判断するべきだ。中国人の日本での観光消費額は1人当たり23万円。アメリカでは66万円に上る。移動への投資額が違うので、消費や行動に差が出る。

 日本はアジアからの観光客が全体の8割を占める異常な状態。遠い国から来ていないので、客層に多様性もなくなる。

 2014年の世界の観光客数11億3300万人のうち、欧州から海外へ行く人は5億7500万人でトップだが、来日は0・2%にすぎない。逆に言えばここが狙うべきマーケットにもなる。日本は、距離の遠い欧州が観光での上客になりうる。遠い国をターゲットにすることで、客層の多様性にもつながる。

 ホテルにも多様性が必要だ。日本は安いホテルしかない。観光客は普段より高い価格のホテルに泊まりたがる傾向がある。中長期で滞在できるホテルもあれば、さまざまな客層が訪れるようになる。

 観光地での展示や解説も課題。海外から訪れる人たちは日本の文化、歴史に触れたがっている。多言語化だけでなく、外国人が求める情報を分かりやすく解説する必要がある。

 展示・解説の目的はおもてなしではない。滞在時間を延ばすことだ。観光客にはマイナスになることもあり、それを上回るメリットがないといけない。

 ガイドを配置すれば、話を聞くので滞在も長くなるし、説明してくれているのでお金を払おうという気にもなる。

 日本の観光施設の平均入場料は593円で、欧州の1891円を大きく下回る。満足度を高めることで料金も高く設定できる。

 2030年に世界の観光客数は18億人になるとの試算がある。日本の潜在能力は8200万人まで伸びる。

 ただ、観光は将来性があるため、世界中の国々が熾烈(しれつ)な競争を繰り広げている。これまでのような物産展やシンポジウムといった売り方では増えない。

 ビジネスとして、どの資源をどのように見せ、いつ誰に売り込むといった具体的な戦略が必要になる。

 例えば、ある祭りをPRするサイトでは、その祭りの歴史と意義を延々と書いている。その祭りを見るためには、どのようにしたらいいのかがまったく分からない。自分勝手だと思う。

 今の日本の観光業の一番のポイントは潜在能力をどこまで引き伸ばせるか。観光業は人対人の商売。「あなたのためにこういう楽しみを用意しました」という相手の立場に立つ視点が重要。最終的には、やるか、やらないか。日本の潜在能力を引き出してほしい。

 デービッド・アトキンソン 1965年、英国生まれ。オックスフォード大学日本学科卒業。アンダーセン・コンサルティングやソロモン・ブラザーズ証券を経て、92年にゴールドマン・サックス証券に入社。98年に取締役、2006年に共同出資者となり、07年に退社。09年には小西美術工藝社に入社し、11年に会長兼社長、14年に代表取締役社長に就任した。著書に「新・観光立国論-イギリス人アナリストが提言する21世紀の『所得倍増計画』」(東洋経済新報社)など。1999年に裏千家に入門。茶名は「宗真」。