1965年12月、沖縄近海で米水爆搭載機が水没したことが米誌によって明らかになった(89年)▽71年の11・10ゼネストで取材フィルムを警官焼死事件の証拠理由に押収された吉岡裁判で、那覇地裁は「被告県(警察)は賠償金50万円支払え」と判決(74年)。