「地を離れて人なく、人を離れて事なし。故に人事を論ぜんと欲せば、先ず地理を観よ」の吉田松陰(幕末期)の言葉が重なる1冊である。島に生まれた二人(いとこ)の著者は、故郷を愛し、誇りに思う強みがある。

与那国島誌(南山舎 2160円)

 景勝地ティンダハナタの地名は、チマムヌイ(与那国方言)でティン(天空)、ダ(家)、ハナタ(端)と解釈を加え、「天空の家の軒先」と誇る。チョモランマ(ヒマラヤ)の「天空の頭」、マチュピチュ(ペルー)の「天空の都市」と類似するとの指摘は、目からうろこ。宮良長包の名曲『なんた浜』の〈なんた〉の語源考は、楽しく興味深い。そこは、まさに東アジアの南向き玄関口だった。

 砂岩をくりぬいて造ったイチタライ(石盥(いしたらい))運搬を可能にしたムラ対抗のスブグトゥ(勝負事)は、ドゥナン文化と言い切る。スブグトゥの木遣(きや)りは、共同体社会の一体感・喜びの発露なのであろう。

 埋蔵遺跡、口碑・伝承を主な手段とした集落の変遷記述は貴重だ。1447年2月に与那国島に漂着した朝鮮漂流民が記した見聞録『李朝(りちょう)実録』。著者による独自の考察は、500年のかなたから社会の様相を伝えて興味深い。1637年に始まり266年間続いた15歳から50歳の男女に課せられた先島諸島の人頭税。著者は、その証(あかし)のバラザン(藁算(わらざん))とカイダディー(象形文字)に着目。人口調節や間引きの悲惨な人舛田(トゥングダ)伝説等の記述はないが、大(薩摩)が小(琉球王府)を飲み込み、小がさらに小(先島諸島)を飲む支配構造を浮かび上がらせるのに十分な説得力をもつ。

 そして20世紀。ガダルカナル島で戦死した大舛(おおます)松市さんは、沖縄戦の戦意高揚の軍神となる。2016年3月、「国防」という国策で自衛隊がやってきた。強力な電磁波による健康被害等が心配される。著者は、チマムヌイで日本国憲法の平和主義、個人の尊重に思いを込めて、警鐘を鳴らした。(福永忍・元沖縄県中学校社会科教育研究会長)

/みやら・さく 1927年与那国島生まれ、沖縄県会議員8年。著書に「与那国島誌-その近代を掘る-」など▽みやら・じゅんいちろう 1949年与那国島生まれ、元数学教師。著書に数学教育書「学びと教材」など