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「琉球切手」モデルは私 沖縄空手家が語る、本土復帰してよかったこと

2018年5月15日 06:00

 沖縄伝統空手を指導する沖縄松真流錬眞舘の城間清栄館長(76)=那覇市=は、米軍統治下の沖縄で発行された「琉球切手」の空手シリーズ(1964年、65年発行)のモデルとなった人物だ。「20代であの時は筋骨隆々だった」と誇らしげな表情で「宝物」を手に取り、当時を振り返った。

城間さんのナイハンチの演武姿の写真(中央)。それを基に発行された琉球切手(左)と組手の切手

モデルとなった琉球切手を前に思い出を語る城間清栄さん=1日、那覇市仲井真

城間さんのナイハンチの演武姿の写真(中央)。それを基に発行された琉球切手(左)と組手の切手 モデルとなった琉球切手を前に思い出を語る城間清栄さん=1日、那覇市仲井真

 同シリーズは3セント切手で「ナイハンチ(型)」「巻藁」「組手」の3種。城間さんはナイハンチと組手のモデルで、組手の相手は師で松林流創始者の故長嶺将真さんだった。また、ニシムイ画家で沖展会員でもあった故大城晧也さんがナイハンチ、故安谷屋正義さんが組手を描いた。「先生の推薦で決まった。うれしくて、とても名誉に感じた」と懐かしんだ。

 師の道場では祖国復帰協議会会長や参院議員を務めた故喜屋武真栄さんが空手を指導していた。60年代は「祖国復帰」を合言葉に復帰運動が熱を帯びていた時期。城間さんは運動に参加することはなかったが、気にはなった。「復帰すると経済が悪くなり、イモの時代(昔に)戻るという人もいたよ」

 本土復帰を間近に控えた72年4月、琉球切手の展示販売会には多くの切手ファンが詰め掛けた。城間さんも那覇市民会館であった展示販売会で同シリーズの切手を手に入れた。そして、沖縄の施政権が日本に返還されると琉球切手は失効。今ではほとんど見ることはなくなった。

 城間さんは復帰を「漠然とした感じ。今もピンとこない」と捉える。変化はあったが、善しあしは判断できないという。ただ、沖縄の伝統空手が県外、海外に知られることにはつながったと理解する。「当時は沖縄のことは知られていなかった。今は沖縄が空手発祥の地、空手の聖地として世界に知られるようになったことは良かった」と語った。(社会部・西里大輝)

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