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ズンバのインストラクターとして活動する大城奈津子さん

 【森田のりえ通信員】ダンスのレッスン場へ入ると数十人の女性がラテンのリズムに乗って跳びはねていた。ズンバである。インストラクターは沖縄市出身の大城奈津子さん(38)。米国での苦難を乗り越え、見つけた生きがいに全力を傾けている。

 ズンバとは、南米コロンビアの舞踊家アルベルト・ペレス氏が減量や体を楽しく動かす目的で考案したフィットネスプログラム。今では180カ国に愛好者がいるという。

 大城さんは2002年、短大を卒業後にロサンゼルスの語学学校に通うため渡米した。1年間の予定を終えて沖縄へ戻り嘉手納基地に就職。09年米国人と結婚し、夫の転勤先である米西海岸のサンディエゴへ移り住んだ。だが、その後、夫の不誠実な態度や精神的虐待などで現実と夢がごちゃ混ぜになるほど強い不安とストレスを抱え、沖縄の家族や友人に告げることなく離婚を決意し、裁判に挑んだ。

 幸い、友人のおば夫妻や親族が近くにいたことが心の支えになった。一人で生きていくための情報を集めていた頃、ふとつけたテレビでズンバの宣伝をしていた。子どもの頃から歌やダンスが大好きだった大城さんは、自然に体が動き、踊っていた。

 「これだ!」と直感し、ビデオテープを買い、毎日踊っていると気分が晴れた。次第に精神的なバランスを取り戻し、現実と向き合い生きる希望が湧いてきた。10年末、ロサンゼルス近郊のガーデナで暮らし始め、離婚裁判も2年後に決着した。今は日系の会社で働く傍ら、ズンバインストラクターのライセンスを取り、教室を持っている。

 17年からは音楽製作にも取り組んでいる。今年1月には、沖縄の民謡歌手の神谷千尋さんとのコラボで、初のシングル「Somos Uno(私たちは一つ)by NatsO feat.Chihiro Kamiya」をリリースした。自分の人生と沖縄の家族や友人への思いを込めた一曲で、ユーチューブにアップしている。

 大城さんはこれからの目標について「沖縄のリズムとズンバのリズムを合わせたチャンプルー・ソングを作り、故郷の人たちと踊りたい。沖縄を出てから一度も帰っていない。生活の基盤もできた。里帰りする時期が来た」と爽やかな笑顔で語った。