【山城博明通信員】ボリビアでは今年、沖縄県人がボリビアに来て110周年になることから8月13日に記念式典を開催する。記念事業の一環として記念誌の編さんと県系人の名簿を作成することになり、ボリビア最北端の町パンド県コビハ市でこのほど、県系人の調査が行われた。コビハ市は人口約6万人で、ブラジルと国境を接し、100メートルほどの橋を境に両国に分かれている。

大城盛良氏の娘アイダさん(前列左)とその家族=コビハ市

 県人たちは当時、ペルー・リマ市からアンデスの山々を徒歩で越えてボリビア北部の密林でゴム樹液採集に従事した。その子孫が今でも、コビハ市や同市から30キロ離れたポルベニル町に多く住んでいる。今回の調査で確認できたのは宮城加那、大城盛良、比嘉加那、宮城善平、当山牛の各氏の子孫。現在は5世までいる。

 比嘉さんの孫のヒガ・マリリンさんによると、比嘉さんは38歳で急逝した。マリリンさんの父親パブロさんは当時6歳。比嘉さんが稼いだイギリス・ポンド硬貨をつぼに入れて土中に埋めているのを見た。だが、別の場所に移したのか、亡くなった後に家族が探しても見つからなかったという。当時は密林での生活で、多くの人が土中に埋めていたようである。ゴムの最盛期、代金の支払いは主にイギリス・ポンドであった。

 大城さんの子孫は名字で苦労した。子どもが生まれ、出生届をボリビア人の妻が届けたが、皆が呼ぶ盛良が名字だと思い、子どもの名字がセイリョウとなったという。孫の代までセイリョウのままの人もいれば、裁判所に願い出て大城に訂正させた人もいる。