社説

社説[復帰46年 基地]「沖縄集中」もはや限界

2018年5月15日 09:24

 復帰後生まれの人口が過半数を占め、米軍基地の形成過程を知らない人が多くなった。沖縄に基地が集中するようになったのはなぜなのか。

 米軍普天間飛行場のように、沖縄戦で住民らが収容所に入れられている間に米軍が土地を接収し基地を建設したり、本土から米軍が移転してきたりしたケースがある。共通しているのは日本政府が基地建設や米軍移転を積極的に容認していることだ。

 在沖米軍の主力で、兵力の6割、面積の7割を占める海兵隊はもともと沖縄に存在していたわけではない。

 1950年代に反基地感情が高まった岐阜や山梨・静岡から米軍統治下の沖縄に移転してきたのが実態だ。

 復帰後本土では基地が減ったが、沖縄の基地はほとんど変わらなかった。その結果、国土の0・6%を占めるにすぎない沖縄に米軍専用施設の7割が集中する過重負担の構造が出来上がったのである。

 日米の軍事専門家らが認めているように、海兵隊が沖縄に駐留しているのは軍事的合理性からではなく、政治的理由からである。

 沖縄返還交渉で那覇基地の返還に伴うP3C対潜哨戒機の移転について福田赳夫外相は72年1月、米側に「岩国基地や三沢基地に移転されれば、政治問題を引き起こす」と県内の別の基地への移転を要請。結局、嘉手納基地へ移駐した。2012年には在日米軍再編見直しを巡り在沖海兵隊約1500人を岩国基地に移転したいとの米側の打診を政府が拒否した。地元の反発を考慮したためだ。

■    ■

 クリントン米政権下で駐日米大使を務めたモンデール元副大統領が普天間の返還交渉で、1995年の少女暴行事件で米側は海兵隊の撤退も視野に入れていたが、日本側が沖縄への駐留継続を望んだと証言している。引き留めるのはいつも日本政府である。

 橋本龍太郎首相とともに普天間返還を発表したのがモンデール氏である。

 その橋本政権下で官房長官を務めた梶山静六氏が98年、本土での反対運動を懸念し普天間の移設先は名護市辺野古以外ないと書簡に記している。本土の反発を恐れ沖縄に押し付ける論理である。

 屋良朝苗主席は復帰前年の71年、「復帰措置に関する建議書」で「従来の沖縄は余(あま)りにも国家権力や基地権力の犠牲となり手段となって利用され過ぎてきた」と指摘している。46年後の現在も何も変わっていない。

■    ■

 辺野古新基地ができてしまえば、半永久的に残る。普天間にはない強襲揚陸艦が接岸できる岸壁や弾薬搭載エリアが計画され、負担軽減とは逆行する。米軍の排他的管理権によって国内法が及ばない基地ができるのである。

 基地が集中する沖縄で、生物多様性豊かな宝の海を埋め立て、基地を建設するのは明らかな禁じ手だ。

 北朝鮮情勢が劇的に動き始めている。日本政府は東アジア情勢を俯(ふ)瞰(かん)する大局観をもって、辺野古新基地建設をいったん止め、海兵隊や不平等な日米地位協定の在り方を問い返す機会にすべきである。

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