老朽化で撤去方針が示された那覇市の平和通り商店街のアーケード。関係者からは「仕方ない」と諦め顔の一方、街の顔としてのアーケードが無くなることや、雨天時の客足を懸念して再整備を訴える声もあった。

アーケードができる前の平和通り。復帰後初の日曜日=1972年5月21日

完成当時の平和通り商店街アーケード。各商店が費用を負担した=1981年2月

旧盆の買い物客でにぎわう那覇市の平和通り。大八車も立ち往生する人だかりだった=1962年8月11日

歳末大売り出しの買い物客を呼び込もうと、1500ドルの賞金を用意した平和通り商店街の抽選場=1958年12月

平和通りでの島産品愛用運動パレード=1960年11月18日

前線の通過に伴う豪雨で浸水した平和通り。女性もハイヒールを脱いで出勤=1962年3月20日

年末の平和通り=2002年12月30日

夏の高校野球、興南の春夏連覇の瞬間、歓声が響く平和通り=2010年8月21日

高さ約7メートルのアーケードの梁(はり)を移動するネコ=2017年9月15日、那覇市牧志の平和通り

アーケードができる前の平和通り。復帰後初の日曜日=1972年5月21日 完成当時の平和通り商店街アーケード。各商店が費用を負担した=1981年2月 旧盆の買い物客でにぎわう那覇市の平和通り。大八車も立ち往生する人だかりだった=1962年8月11日 歳末大売り出しの買い物客を呼び込もうと、1500ドルの賞金を用意した平和通り商店街の抽選場=1958年12月 平和通りでの島産品愛用運動パレード=1960年11月18日 前線の通過に伴う豪雨で浸水した平和通り。女性もハイヒールを脱いで出勤=1962年3月20日 年末の平和通り=2002年12月30日 夏の高校野球、興南の春夏連覇の瞬間、歓声が響く平和通り=2010年8月21日 高さ約7メートルのアーケードの梁(はり)を移動するネコ=2017年9月15日、那覇市牧志の平和通り

 アーケードは、那覇市沖映通りのスーパー「ダイナハ」出店(1975年)などによる客足の減少などを受けて、同商店街が通りの環境改善や近代化策として計画。80年9月下旬に着工、約5カ月かけて翌年2月に完成した。

 国の補助制度などは手続きに4~5年かかることから利用せず、各店舗が資金を調達。地域ぐるみでアーケードを作り上げた。

 70年以上、時計店を営む仲田ハル子さん(87)は、商店街のみんなで費用を積み立てて現在のアーケードを作った時のことを振り返り「思い入れのある景観。でも、古くなってしまって撤去は仕方ない」とぽつり。「雨でお客さんが困らないような、新しいものができてほしい」と代替案に期待した。

 国際通り側の入り口近くでアクセサリーを販売する渡久地佑進さん(33)は、アーケードの天井に穴が開くたび修繕を繰り返す現状を心配する。「応急処置では根本的な解決にならない。撤去は仕方ないのでは。雨は心配だが、日差しが入ると雰囲気が明るくなるかもしれない」と話した。

 一方、洋服店の60代夫婦は「天気に左右されるようになれば商売にならない」と心配顔。アーケードで暑さや雨をしのぐために商店街に立ち寄る客も多いといい、「客足が遠のくことも考えられるし、日差しで洋服が傷む恐れもある。アーケードがなかった時代に後戻りかと思うと怖い」と不安がった。