世界の珍しい植物を追い求める“プラントハンター”であり、「そら植物園」代表の西畠清順さんの講演会が2月26日、沖縄県浦添市のホームセンター・メイクマン浦添本店であった。清順さんは自身の体験をもとに植物の力について語った。満席の150人が熱心に聞き入った。

プラントハンターとして活躍する西畠清順さん(写真:そら植物園提供)

「ひとの心の植物を植える」がスローガン(写真:そら植物園提供)

講演する清順さん=2月26日、浦添市のホームセンター・メイクマン浦添本店

清順さんの話を熱心に聞く参加者

プラントハンターとして活躍する西畠清順さん(写真:そら植物園提供) 「ひとの心の植物を植える」がスローガン(写真:そら植物園提供) 講演する清順さん=2月26日、浦添市のホームセンター・メイクマン浦添本店 清順さんの話を熱心に聞く参加者

■講演依頼が年に100件

 はじめまして、よろしくお願いします。

 実は先週まで西アフリカのセネガルに行っておりました。何をしに行っていたかと言うと、職業名の通り、植物を探しに行っておりました。日本の植物園から依頼を受けて、バオバブの木を探していました。何千万円もする巨木です。帰国後、やや時差ボケ気味です(笑)。

 きょうは沖縄に呼んでいただいて、ガーデンセミナーということは理解していますが、「育てやすい観葉植物は何ですか?」とか「花をうまく咲かせたいけど、どうすればいい?」とか、そういう園芸のノウハウを話すつもりはありません。

 僕は大学や美術館などから年間100件くらいの講演依頼があります。実際は、その10分の1しか受けることができませんが、講演では、僕が体験して感じたことや、植物を使ってできること、それに対する世間の反応など、リアルな体験をもとに話しています。

 最終的に僕の話を聞いて植物のことが好きになってくれた人が一人でも多く増えたらうれしいです。

■ようこそ先輩

 子どもに関わる仕事を積極的にやっています。

 NHKの「ようこそ先輩」という番組に出演した時のことです。各分野の大人が自分の母校で 授業を行うという番組ですが、僕は小学5年生の授業を任されました。

 きょうここに来てくれた人たちは植物に関心があって、比較的意識の高い人たちですよね。でも子どもたちはそうじゃない。学校が番組をやると決めたら、子どもたちは受け入れるしかありません。ただ従うしかないのです。

 それはどうかと思って、まず子どもたちに植物に興味を持ってもらいたいと思ったのです。ただ、子どもは好き嫌いがはっきりしています。つまらないと思わせてはいけない。それで授業では植物園を造ることにしました。

 僕の植物園から子どもたちに植物を運んでもらいました。彼らは雑な扱いをするわけですよ。

 「ちょっと、みんな聞いてくれ。雑に扱っているこの小さな植物な、実はアフリカから来たんや」

 そう言うと、子どもたちは「おー」と驚くわけです。

 遠い国からやって来た植物と知るだけで、子どもたちの扱いは変わるわけです。

 「この植物な、年に10回、水をやるだけで育つんや、砂漠の国から来たから」

 そう言うと「へー」となるわけです。

 そのころには、みんな、この小さなサンセベリアが価値のあるものに思えてくるのです。

 最後に僕はこう言いました。

 「この植物な、実は100万円や」

 そしたら、大人と一緒ですよ。「えー!」と反応が一番大きかった。

 別に「植物って高い」と言いたいわけではなく、子どもたちに知らない世界があるということを教えたかった。

 そこからスタートしたから、子どもたちの集中力は、ものすごく高まりました。植物も大事に扱うようになり、番組制作側からも「これまでで、こんなに子どもたちと同調した先生はいない」と言っていただきました。

 その番組は海外でも放送しているのですね。香港やアメリカ、メキシコに出張に行った時、現地の日本人に「見ましたよ」と声を掛けられました。

■植物の大手術

 子どもたちの心をつかんだ後、僕は「植物の大手術」をやりました。

 夏の暑い日でした。うちは毎年、ケイトウを多く育てています。伊藤若冲(※近世日本の画家)も描いた、日本で古くから親しまれてきた花です。ちょうど、長崎のテーマパークにケイトウを大量に納品するプロジェクトがあったので、これを手伝ってもらいました。

 「手術」というのは、ケイトウの花を畑から掘り起こして、死なないように植木鉢に植え替える、そしてお客さんに届ける、それがプロジェクトでした。

 1日目、僕はわざと何も教えませんでした。用意したものはスコップやはさみ、水に肥料です。それから、わざと引っかけ問題として、砂糖や塩も用意しました。

 「暑くて弱っているから砂糖をあげた方がいいよ」「それよりも塩だよ」「いや肥料をあげようよ」と、子どもたちは熱心に話し合っています。

 僕はそれを見るだけ。それで1日目は終了。

 次の日、子どもたちが植え替えた鉢は全滅していました。子どもたちはがく然としています。

 あれだけ時間をかけて植え替えた鉢が、全部枯れてしまった。そこから僕の授業は始まるのです。普通の先生なら、最初にうまく育てる方法を教えると思いますが、僕は自分たちで考えてもらわないと身にならないと考えたのです。

 「塩は植物に良くないんや」

 「それじゃ肥料はどうですか?」

 「君は手術して体力を失っている時にステーキを食べたいと思うか? ハンバーグを食べたいと思うか? 違うやろ、体が弱っている時は、うどんや豆腐を食べへんか?」

 「そうだね」

 「根っこを切られて弱っている植物に、いきなり肥料を与えたら逆効果やねん。だから、まずは水をあげて静かなところで休ませるのがいいんや。風にも当てたらいかんで」

 そんな基本的なことを教えてあげるわけです。そしたら、みんな理解して2回目は成功しました。

 僕が伝えたかったのはリアルな体験です。植物の上手な植え替え方ではなく、自分が感情移入した植物が枯れたときのショックを教えたかった。それがテーマ。そういうことを大切にして僕は仕事をしています。

■あの歴史上の人物も

 数日前にアフリカから帰ってきて、その後、シンガポールに向けて桜の木を大量に輸出しました。シンガポールの植物園から花見のイベントをやりたいと依頼を受けたからです。今年は日本とシンガポール国交50周年で、いいタイミングでした。

 沖縄にも緋寒桜があって有名ですが、桜は世界でもあこがれの的です。日本人にとって当たり前の花でも、世界の人には珍しいものなのですね。今、桜は船でシンガポールに向かっています。

 先ほど僕のことをプラントハンターと紹介していただきました。確かにそういう仕事をしています。

 プラントハンターとは、300年ほど前にヨーロッパの貴族や王族のために、遠い国まで植物を探しに行って届けた人たちのことです。

 僕自身は、企業や団体、個人や行政から植物に関する依頼に応えるのが仕事です。

 「こんなガーデンを作りたい」とか「植物を通してこんなことやりたい、あんなことやりたい」といった相談に乗っています。

 この歴史上の有名人もプラントハンターですが、知っている人いますか?

 そう、シーボルトです。ありがとうございます。

 彼も日本に来て、ヨーロッパの人たちが見たこともない植物にたくさん出会った。ヨーロッパから遠く離れた島国に、とんでもない美しい植物がたくさんあると驚いたわけです。

 彼は、こんな言葉を残しています。「我が国の春はこんなに色を持たない」。

 そして、日本から多くの植物を持ち帰り、ヨーロッパの園芸界に革命を起こしました。だから日 本の樹木には学名にシーボルトの名前が残されているものが、いくつかあります。

 そういう功績を残した人ですが、逆もしかりで、彼が持ち帰った植物はヨーロッパに帰化してしまった。元々なかった植物が繁殖して、大問題になっています。

■植物を届ける仕事

 海を越えて植物を運ぶ時、「生態系は大丈夫ですか」と聞かれることがあります。今では厳しい国際法があって、1個の植物の苗を別の国に運ぶだけで、極端なことを言うと国と国の契約になります。いろいろな許可や書類が必要です。

 でもそれがないシーボルトの時代は自由自在でした。

 僕も今、年間200トンぐらいの植物を輸出入しています。それを全部ハンドリングするわけですから、大変ですし、神経を使います。

 実は沖縄は戦後、日本で最も積極的に海外の植物を取り入れてきた島です。これは別に良いとか悪いという話ではなく、街路樹に南米の植物が多いし、フルーツも島外からのものが多い。

 僕たちが普段食べている野菜も95%が外来種。元々は外国から来たものです。

 日本が海外から植物を取り入れたのは、いつ頃からか知っている人はいますか? 実は1500年前から日本は海外の植物を取り入れてきました。記録に残っていないだけで、それより前から取り入れている可能性もあります。人類の歴史は植物から多大な恩恵を受けてきました。

 今、日本の植物のほとんどが市場に流通しています。だから、どんな花や木でも調べたり、市場に問い合わせたりすれば、手に入る時代になった。珍しい植物もクリックひとつで買える時代になったのです。

 僕の場合は、流通にのっていない植物に特化してやってきた。それで「プラントハンター」と呼ばれるようになりました。流通にない植物ですから、遠い国の崖の上にしかなければ、そこに採りに行きます。

 昔から生け花の仕事をしていました。生け花の先生が求める枝などを山に採りに行った経験が、僕の仕事のルーツの一つになっています。

 植物を探していると美しい景色に出合えます。人が手を加えた美しさもあれば、自然そのままの美しさもある。

 そういう環境の中で、植物を頼まれて届ける仕事をずっとやっているわけです。来週も、グアテマラに数十万個の種を輸出します。

■何のために植樹するのか

 僕は、いろいろな企業に植物のコンサルティング業務を行っています。

 この間、ある大企業のえらい人が訪ねて来ました。その企業は20年間で2000万本の木を植えた立派な活動をしています。

 この数字、本当にすごいと思う一方で、僕の知人の家族経営でやっている会社は年間700万本、木の苗を出荷しているのです。

 いろいろな企業が緑化のため「何千本、何万本の木を植えました」と言います。それは悪いことではありませんが、数字はどのようにも受け取ることができます。

 僕もこれまで中南米に何百万本の“命”を届けています。

 「緑を増やせばいい」「木をいっぱい植えたから、いいことやっているでしょ」的な風潮ではなく、やはり状況を知る、真実を知ることが大切だと思います。

■植物の値打ち

 「日本人くらい日本の木の値打ちに気付いていない人が多い国はない」と言われます。実は他国も同じで、アフリカに行ったら「こんなに貴重な植物があるのに」と私は驚くのですが、アフリカ人は当たり前のように思っています。

 鹿児島から樹齢150年ぐらいのソテツをイタリアに輸出しました。日本では全く売れなくなった樹木が海外で脚光を浴びています。

 僕がハンティングした植物がどのように使われるか紹介しましょう。

 ある大手自動車メーカーから依頼を受けた時のこと。「車そのものの魅力にこだわった常識外の車を出すから、そのコンセプトに合う植物を用意してほしい」と頼まれました。

 車自体は見せてもらえず、僕がもらったヒントはキャッチコピーだけ。「常識外」の車ということだったので、僕も常識外の植物を用意しました。それは海外の多肉植物で、土も水も根っこがなくても平気な「常識外」の植物。それをプロモーションの場に用意したのです。

 東京の街づくりに植物を活かすよう提案したこともあります。大崎という駅ですが、実際その通りになっています。

 生け花作家が「こういう舞台を作りたいのよ」と言ったら、それに見合う素材を山に行って採ってきます。

 こういう日々を繰り返すうちに反響があり、ついに「そら植物園」という事務所を構えました。「ひとの心に植物を植える」がスローガンです。

 拠点は東京・代々木にある代々木VILLAGEという商業施設にあります。みなさんが、東京に行くことがあったら、ぜひお立ち寄りください。大きなガーデンの中に、本格的なイタリア料理屋さんやカフェがあったり、カレー屋さんやバーがあったりします。

 その中の一つにうちのインフォメーションセンターがあります。オープンスペースになっていて、うちの活動の情報を得ることができます。ショールームのようになっていて、世界中の人が訪れます。この代々木VILLAGEのシンボルツリーはオーストラリアから採って来たボトルツリーです。

 大切なのは植物を生かすことです。巨木を運ぼうが小さな花を運ぼうが、同じ気持ちで植物に接しています。

 野菜を食べることもそうですが、人間は植物を殺して生きています。極端なことを言えば、このテーブルだって植物の死体です。いろいろな植物の死体で僕たちの生活は成り立っているのです。植物を消費すること=生きることなのです。

■小豆島のオリーブの木

 これ、何の木か分かりますか? オリーブの木です。10年前ですかね、初めて行ったヨーロッパで、このオリーブの巨木と、その下で羊がたたずむ光景を見て、すごく感動しました。これを日本に持って行きたいと強烈に思ったのです。

 でも枯らして失敗したらどうしようと、葛藤もありました。初めての経験で何も分からず戸惑いもありました。でも、日本に持って行って「この巨木を生かしたい」という強い気持ちがありました。

 土を一粒でも日本に入れることはできないので、木をきれいに洗浄しました。

 ヨーロッパから日本へは船で1カ月以上かかります。土の代わりに養分になるものを用意しました。

 水分や養分を吸う大事な根っこをプツンと切るわけですから、植物はびっくりしてしまいます。負担が大きいので、同じように枝も切ります。

 枝に葉が付いているということは、植物にとって運動していることと同じなのです。呼吸し光合成をしている。ですから枝を切ることで運動量を減らしてあげます。

 この巨木をシンボルにしたいと小豆島(香川県)の町おこしの方に買っていただきました。

 当時、これだけ大きな木を植えることはなかった。「木がかわいそう」という人もいました。でも、この木を買ってくれた人は「お前を信じる」と言ってくれました。ただし、「枝に芽が出るまではお金は払えないと」言われた。僕は「絶対出てきます」と言いました。

 植物が面白いのは、生物だけど数学的なところ。この時季、こういう木だったら、こうすれば生きる確率が高い、とある程度予測できるのです。まさに確率の世界で、それをいかに高めるかが僕の仕事なのです。

 それで、その社長さん「おー、芽が出てきたな。でもまだ信じられない。お金はもう少し待ってくれ」と、なかなかお金を払ってもらえませんでした(笑)。

 その巨木ですが、今は枝が伸び、葉が生い茂っています。

 最初、この木を日本に持って来る時、できるわけないと周囲に散々反対されました。最初に何かに挑戦する時、言われるのが「できるわけない」です。

 でも、順序立てて考えてやれば、絶対に実現できます。

 このオリーブの木も1年目は芽が出て、2年目は500個の実がなりました。3年目は実が何個なったと思います? 1万個の実がなったのです!

 スペインで見たときのこの木は疲れているように見えました。正しい方向で、正しい処置で、生かしてあげたら、若返ったのです。今では小豆島の地図にも載っています。「植物を生かす」とは、こういうことなのです。(<下>に続く)

 【プロフィル】西畠清順さん(にしはた・せいじゅん) プラントハンター、そら植物園代表。1980年生まれ。幕末から150年続く花と植木の卸問屋「株式会社 花宇」(兵庫県川西市)の5代目。 日本全国、世界数十カ国を旅して収集、生産している植物は数千種類。日々集める植物素材で、いけばなやフラワーデザイン、室内緑化、ランドスケープなど国内はもとより海外からのプロジェクトも含め年間2000件を超える案件に応えている。2012年1月、ひとの心に植物を植える活動として“そら植物園”をスタート。 さまざまな個人や企業、団体と植物を使ったプロジェクトを多数進行中。