沖縄戦で負傷したり、家族を亡くしたりした住民や遺族79人が国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟の判決で、那覇地裁は原告の請求を棄却した。

 沖縄戦の実態を踏まえることなく、被害者の苦しみに背を向ける冷たい判決である。

 平均年齢80歳近い原告らが最後の力を振り絞り「国や日本軍は国民を保護する義務を怠り、戦闘で住民に損害を与えた」と起こした裁判である。

 争点となったのは国民保護義務違反という国の不法行為責任。地裁は「戦時中、国の権力行使について賠償責任を認める法律はなかった」と国家無答責の法理によりこれを否定した。日本軍の加害行為、住民の被害事実といった沖縄戦の特殊性には踏み込まず、一般論に終始した内容だ。

 戦争被害で国は、元軍人や軍属に年金を支払うなど手厚い補償を敷いている。

 原告が訴えたのは「人の命に尊い命とそうでない命があるのか。救済が不十分なのは憲法の平等原則に反する」との立法の不作為でもあった。

 しかし判決は「戦争被害者は多数に上り、誰に対して補償をするかは立法府に委ねられるべき。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と訴えを退けた。

 最高裁で原告敗訴が確定したものの被害を認定した東京大空襲国賠訴訟などと比べ「判決は後退している」(瑞慶山茂弁護団長)と指摘されるように、救済の扉のノブに手をかけることもなく、国の姿勢をことごとく追認するものである。  

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 各地の空襲訴訟も同様に民間人への損害賠償を求めるものだが、地上戦の舞台となった沖縄と本土では戦争体験の質がまったく異なっている。

 本土決戦の時間を稼ぐための「捨て石」となった沖縄戦の特徴は、軍人よりも住民犠牲が多かったことだ。

 「軍官民共生共死の一体化」の方針の下、日本軍は住民を戦場へとかり出し、捕虜になることを許さなかった。陣地に使うからと住民をガマから追い出したり、スパイ容疑で虐殺したり、「集団自決(強制集団死)」に追い込むなど住民を守るという視点が決定的に欠けていたのである。

 その中には戦闘参加者として援護法の適用を受けたケースがある一方、沖縄・民間戦争被害者の会の調査によると適用を受けずに亡くなった人が6万7千人に上っている。

 判決は「実際に戦地に赴いた」特殊性を軍人・軍属への補償の理由に挙げるが、沖縄では多くの住民が戦地体験を強いられたようなものだ。

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 今回の裁判の過程で、原告の約半数が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えていることが明らかになった。

 戦争で肉親を失い、けがを負い、戦後はトラウマに苦しんでいるというのに、誰も責任をとらないのはおかしい。

 住民らは控訴する方針である。原告は高齢化し、地裁判決までの3年半の間に6人の方が亡くなった。

 司法には人権保障の最後の砦(とりで)としての役割を、国会には救済の道を開く新たな制度の創設を求めたい。