私らしく、はたらく(20)吉戸三貴

 人生初の海外出張。その日は突然やってきました。朝、出社すると、上司からこう告げられたのです。「シンガポールで開催されるクライアント企業の会議に行ってきて。パーティーがあるから、カクテルドレスも忘れずにね」

 英語ができたり、旅慣れたりしていれば、何てことない指示だと思いますが、どちらも自信がない私は、雨が降ってきた時のアリのようにパニックになりました。出発まであと10日。その間に、英語が上達するとは思えません。会議に出席するのはアジア各国から集まる敏腕PRプランナーたち。議論どころか、雑談さえ満足にできる気がしませんでした。

 言われるままにパスポートを更新し、ドレスを買ったものの、不安な気持ちは大きくなる一方です。このまま飛行機に乗るのは嫌だと思った私は、置かれている状況を楽しむため、「良いことリスト」をつくることにしました。恐怖心に押しつぶされないよう、海外出張に挑戦した方がよい理由を探すことにしたのです。

 最初に思いついたのは「経験値アップ」。たとえ会議についていけなくても、仕事で海外に行く経験はできるので、いつか役に立つだろうと考えました。

 次にリストに加えたのは「度胸がつく」。多少無理をしてでも堂々と振る舞えば、それなりにちゃんとして見えるはずです。

 最後のひとつは「おいしいものが食べられる」。シンガポール風チキンライスは私の大好物。おいしいお店に行くことを心の支えに頑張ろうと決めました。

 いそいそとリストをつくったものの、会議でもパーティーでも英語力不足に苦しみ続け、チキンライスは空港のフードコートでしか食べられませんでした。それ以来、海外での会議には参加していないので、経験をいかす場もないまま今にいたります。

 それでも、良いことを探す努力をしたおかげで、出発前の緊張をかなり和らげることができました。

 あれから10年。こうしてコラムのネタ(!)になったわけで、シンガポール出張もついに役に立ったわけです。

 辛い状況に追い込まれて不安を感じることがあったら、自分なりの「良いことリスト」をつくってみませんか。できたら三つ、難しければ一つでも、頑張る意味や理由が見つかると、現状を面白がったり挑戦したりする力が湧いてくると思います。(コミュニケーションスタイリスト)