那覇市久茂地のタイムスビルで開催中の創刊70周年記念写真展「カラーでもっとあんやたん AIで振り返る戦後沖縄の風景」が盛況だ。2日目の24日、会場は思い出話に花を咲かせる人やカラー化するために白黒写真を持ち込む人でにぎわった。

山下清さん(後列右)と女性(同左)の姉妹との記念写真。人工知能で彩りが加わった=24日、那覇市久茂地のタイムスビル

カラー化したファッションショー

塩屋大橋を渡る1964年東京五輪聖火リレーの写真の前で説明する枝川敏夫さん

カラー化した結婚式の写真

山下清さん(後列右)と女性(同左)の姉妹との記念写真。人工知能で彩りが加わった=24日、那覇市久茂地のタイムスビル カラー化したファッションショー 塩屋大橋を渡る1964年東京五輪聖火リレーの写真の前で説明する枝川敏夫さん カラー化した結婚式の写真

 写真展は入場無料で27日まで。毎日先着100人限定で、持参したモノクロ写真をカラー化するサービスもある。1人1枚、手数料500円でサイズはL版。カラー化サービスは午前9時から受け付け、午後1時から印刷する。

 25日は、生まれた日の新聞1面のコピーを先着100人に無料でプレゼント。休刊日など、提供できない場合もある。

認知症の父に見せたい 故山下画伯と撮影の姉妹

 「山下清さん本人だ。間違いない」。24日、タイムスビルで開かれている写真展に、1枚の写真を持ち込んだ女性(69)=豊見城市=がいた。「裸の大将」こと画家の故山下清さんと4人の少女が納まっている縦7センチ、横10センチの小さなモノクロ写真。写真展の企画で、人工知能の技術を使って彩りを取り戻した。

 4人の少女は、当時11歳の女性と妹たち。女性の父(91)が撮影した。裏面には「1960・4 山下清と共に 於自宅」と手書きされている。自宅のアルバムに保存されていた。

 当時を覚えていない女性は「なぜあの有名な山下さんが自宅に来たのか分からず、写真を見るたび本当なのか疑っていた」。しかし写真展開催を知らせる22日付本紙で、1960年4月、那覇市の料亭でジュリ馬を鑑賞する山下さんの写真を見て「同じ年に、那覇に来ている。本当に山下さんだったんだ」と驚いた。カラー化を希望して写真を持ち込んだ。「白黒よりも表情がよく分かる。私、うれしそうにほほ笑んでいますね」と、出来上がった写真を眺めた。

 8年ほど前から認知症の症状が出始めた父に、当時を尋ねても「覚えていない」と繰り返す。それでも女性は「カラー写真を見せたら記憶がよみがえるかもしれない」と期待する。早速、父が入所する老人ホームに持って行く予定だという。

山形屋でモデル 服の柄くっきり

 那覇市の新城和美さんは、1957年ごろデパート山形屋で勤めていた母玲子さん(85)の写真をカラー化した。経理職員だったが、ファッションショーなどイベント時にモデルとして借り出されたという。「着物や洋服の柄など情報量が多く、表情も明るい」と驚いた様子。

農連市場の風景 37年前の自分が

 那覇市の國吉倖明さん(70)は81年撮影の写真「農連市場の強制撤去」に当時の自分を見つけた。「組合で農連のおばさんたちの支援に行った」と驚いた。「機動隊に引っ張られたけどおばさんたちが引っ張り出してくれた」と当時を語った。

1964年聖火リレー ランナーを応援

 南風原町の枝川敏夫さん(68)は、64年に塩屋大橋を渡る東京五輪聖火リレーの写真の前で足を止めた。「当時、国頭中学3年。友人と橋の対岸にある港からランナーを応援した」と興奮した様子で説明。色付け写真に「煙の色がはっきり出ていて、当時が鮮やかによみがえった」と目を細めた。

両親の結婚写真 母にプレゼント

 おばの遺品整理で両親の結婚写真を見つけた与那覇智子さん(那覇市)は、会場でカラー化した写真を母の大城末子さん(81)にサプライズプレゼント。末子さんは「懐かしいさー。こんな若い時もあったねー」と大喜びだった。