「昔話は心の母乳」。沖縄県内各地の高齢者から、民話や神話などの聞き取りをし記録をするNPO法人沖縄伝承話資料センターは24日、聴取した7万6千話のうちデジタル化を終えた3万3千話分の音声テープ1508本を沖縄県立博物館・美術館へ寄贈した。同センターの照屋寛信理事長(68)は「しまくとぅばを話せる人は減った。音声資料の価値は計り知れない」と語る。

沖縄伝承話資料センターの照屋理事長(左から2人目)や大田副理事長(右から3人目)らメンバーたち=22日、那覇市・県立博物館・美術館

音声テープを安里進館長(右)に寄贈する照屋理事長=24日

沖縄伝承話資料センターの照屋理事長(左から2人目)や大田副理事長(右から3人目)らメンバーたち=22日、那覇市・県立博物館・美術館 音声テープを安里進館長(右)に寄贈する照屋理事長=24日

 同センターの活動は1973年、沖縄国際大学教授だった故遠藤庄治さんと教え子が手弁当で始めた。やがて各地域の住民を巻き込み、2002年までの約30年間で延べ2万人の調査員が大東島地方を除く県内ほぼ全域で聞き取りを完了した。

 照屋理事長は「始めた当初は明治生まれの話者が大勢いた」という。だが方言を使ってはいけない、との教育を受けてきた世代のため聞き取りは難航。「しまくとぅばの価値を分かっておらず、聞きたいとお願いしても『バカにしているのか』と怒られたこともあった」と聞き取りの苦労を振り返る。

 地道に足を運ぶと、少しずつ語り出してくれた。「60年ぶりに話した」と涙ぐむ人や、一人で300話余を語る人もいたという。

 同センターの大田利津子副理事長(62)は「この40年、しまくとぅばの衰退を肌で感じてきた。私たちが聞き取りを始めた70年代が、あるべき形で話を残す最後のチャンスだった」と語る。しまくとぅばしか話せない話者が多かった時代を経て、最近では標準語しか話せない話者も少なくないという。

 照屋会長は「今後は私たちの活動を県民に還元していく。デジタル化を進め、地域おこしや教育、観光に活用していきたい」と力を込める。

 県立博物館・美術館のエントランスでは27日まで、同センターによる調査収集の風景や話者の写真、製作した民話集を展示している。