「平和の礎」に追加刻銘へ

 沖縄県平和援護・男女参画課は30日、沖縄戦などの戦没者名を刻んだ糸満市摩文仁の「平和の礎」に、2018年度は新たに58人を追加刻銘すると発表した。重複で1人が削除され、刻銘者総数は24万1525人になる。

沖縄戦などの戦没者名を刻んだ「平和の礎」(糸満市摩文仁)

県に申請資料として提出した妹千代子ちゃんの骨つぼの画像(写し)を指し示す金城宏盛さん。追加刻銘がかなった一番の決め手だと考えている=30日、那覇市内の自宅

沖縄戦などの戦没者名を刻んだ「平和の礎」(糸満市摩文仁) 県に申請資料として提出した妹千代子ちゃんの骨つぼの画像(写し)を指し示す金城宏盛さん。追加刻銘がかなった一番の決め手だと考えている=30日、那覇市内の自宅

 追加刻銘は県内47人。那覇市の12人が最多で、伊是名村6人、うるま市と読谷村が各4人と続く。県外は北海道や東京都、佐賀県など9都道府県で11人。

 昨年12月末までの1年間で84人分の申請があった。そのうち17人は刻銘済みで、7人は資料不足などで保留。2人は死亡した区域や時期が対象外だった。

 刻銘工事は6月20日までに完了予定。刻銘者の内訳は県内14万9502人、県外7万7436人、海外1万4587人。

「母が一番喜んでいるはず」

 「平和の礎」に新たに刻まれる沖縄戦犠牲者の中に、金城宏盛(こうせい)さん(75)=那覇市=の妹、千代子ちゃんがいる。1945年4月当時、生後5〜6カ月。戦後作成した金城家の戸籍にその名はなく、戦時を記憶していた両親も他界した中、小さな遺骨が眠る墓を中心になって守ってきたのが宏盛さんだ。「妹の生きた証しを公に残すことができ、心のわだかまりが一つとけた。母への恩返しにもなる」。ほっとした表情で語った。

 36年前に68歳で死去した母カツさんから聞いた話によると、千代子ちゃんは母と宏盛さんら兄2人と共に古里の具志頭村(現八重瀬町)から沖縄本島北部へ避難中、栄養失調で亡くなった。

 カツさんは亡きがらを目印になる大きな松の根元に埋葬。戦火がやみ南部に戻る時に掘り起こし、地元で納骨するまで布に包んで持ち歩いたという。

 戦後は宏盛さんの下に1男3女が生まれた。亡き妹について多くを語らなかったカツさんを振り返り、宏盛さんは「日々、子供たちを食べさせることで精いっぱいだったと思う」。

 平和の礎が完成した95年には両親とも既に他界。妹の存在が証明できないと刻銘を諦めていた宏盛さんだったが昨年、戸籍など公的資料以外でも可能と知って申請した。墓の新築時に撮った千代子ちゃんの骨つぼの画像も添付した。

 県から刻銘の通知がきたのは4月初め。「懐の中で千代子を失った母が一番、刻銘を喜んでいるのではないか。実際に刻銘されたら、写真を撮って墓前に報告したい」と宏盛さんは話した。