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  • 沖縄県遺族連合会は今年の沖縄戦戦没者の遺骨収集作業を断念する
  • 54年間も続けてきたが、関係者の高齢化や未収骨情報の減少が理由
  • まだ3000人以上の遺骨があると言われ、情報があれば再開する方針

 沖縄戦で亡くなった軍人・軍属の遺族らでつくる県遺族連合会が、半世紀以上にわたって続けてきた戦没者の遺骨収集作業を今年初めて断念することが25日、分かった。関係者の高齢化で足場の悪い壕などでの作業が困難になっているほか、戦後70年が過ぎ未収骨情報が減ったことなどが理由。宮城篤正会長(74)は「最後の1柱まで収骨する強い思いで続けてきたが、今年はやむなく見送ることにした。これで終了ではなく、新たな情報が寄せられれば再開したい」と話す。

頭蓋骨が出てきた付近を丁寧に掘り返していく県外の大学生たちと県遺族連合会のメンバーら=2013年2月、糸満市喜屋武

 同会は戦後、集落の住民や遺族らが自然発生的に始めた遺骨収集を1961年に事業化。54年間、精力的に活動を続けてきた。

 近年では毎年2月、県外の遺族会関係者や大学生らを含め150人規模で実施し、昨年は数人の遺骨を発掘。ただ、戦没者の子世代の年齢も75歳前後となったことで、壕や岩場といった危険を伴う場所を避け、雑木林や海岸など平地に限定した作業となっていた。宮城会長は「本島南部の喜屋武岬から摩文仁に至る海岸線は、ローラー作戦でほぼやり尽くした」と説明。「戦後世代の増加で未収骨情報が限られてくる中、今年は大人数を投入してまで作業する場所がなかった」と見送りの理由を語る。

 だが戦後71年がたっても、地中には3千人以上の遺骨が眠ったままとされる。宮城会長は24日に成立した戦没者遺骨収集推進法に触れ「人力ではかなわない場所での収集に、国や県は集中して取り組んでほしい」と要望する。県平和祈念財団内にある「戦没者遺骨収集事業促進協議会」会長の吉浜忍沖国大教授は「遺族会が長年の地道な遺骨収集で果たしてきた役割は非常に大きい。活動の場が減っている現状だが、新たなスタイルで継続を模索してほしい」と語った。