泣ちゅなチビチリよ ミルク世願てぃ(泣かないでチビチリよ 平和な世を願って)-。広島の原爆で傷つき修復された「被爆ピアノ」が2日、同じ73年前に「集団自決(強制集団死)」があり、85人が犠牲になった沖縄県読谷村波平のチビチリガマで初めて奏でられる。主催者で、母方の祖父母ら5人を亡くした遺族会の與那覇徳雄会長(63)は「同じ戦争の記憶を刻む音色をガマで眠る犠牲者に届け、み霊を慰めたい」と願う。(中部報道部・篠原知恵)

ガマ入り口の「世代を結ぶ平和の像」の前に、被爆ピアノを置くための板が設置された=読谷村波平のチビチリガマ

鎮魂と悲劇を語り継ぐ思いが込められた「チビチリガマの歌」を練習する子どもたち=読谷村・古堅小学校

ガマ入り口の「世代を結ぶ平和の像」の前に、被爆ピアノを置くための板が設置された=読谷村波平のチビチリガマ 鎮魂と悲劇を語り継ぐ思いが込められた「チビチリガマの歌」を練習する子どもたち=読谷村・古堅小学校

 崖下約30メートルにあるガマの正面に特設会場を設けた。爆風で傷だらけになったピアノの音に、古堅小と読谷小の児童が歌声を乗せる。

 今回初めてガマに足を運ぶ児童も少なくなく、企画者の一人で村楚辺の川崎盛徳さん(68)が両校に何度も通い、当日歌うしまくとぅばの鎮魂歌「チビチリガマの歌」に込められた意味を伝えてきた。

 歌は「物知らしどぅくる(この惨劇を語り継いでいく)チビチリガマ!」で締められる。昨年9月には少年たちにガマが荒らされる事件も起きたが、川崎さんは「彼らは十分反省していて、もうそっとしておきたい。今後は子どもたちのガマを大切に思う気持ちを育てたい」と話す。

 ピアノは重さ200キロ以上。当初はクレーンでガマ前に運び入れる案もあったが、ガマを囲むガジュマルを伐採しなければならず聖地を守るために断念。専門の運送業者を探し、ピアノ所有者で広島市の調律師、矢川光則さん(66)との構想から1年以上を経て実現にこぎ着けた。

 與那覇会長は「ガマの前の広場は暗くて暑くて蚊も多くて、まるでガマのようだ。音色と共に悲劇を追体験し、歌を通して次世代に思いをつなぐ機会にしたい」と語った。

 入場無料。午前10時、午後2時の各部100人に入場を制限する。先着順に村地域振興センター内FMよみたんで整理券を配布。大雨なら波平公民館で開催。