県内の男子高校バスケットボールは1980~90年代、中部地区を中心に激しいバトルが繰り広げられた。中部工業(現美来工科)と北谷、北中城ら強豪がしのぎをけずることで全国上位を狙う実力に押し上げた

▼「あれほど激しいライバル対決の時代は後にも先にもない。県代表を勝ち取るためお互いに命懸け、執念で戦った」。82年から9年間は中部工業、続いて北中城を12年間監督として率いて2度の九州制覇を果たした新里勲さん(75)は振り返る

▼高校スポーツで、県庁所在地でない限られた地域に強豪がひしめくのは珍しい。1強を良しとせず、切磋琢磨(せっさたくま)する環境をあえてつくることが離島県のハンディを乗り越える知恵だったのではないか

▼熱い闘いは指導者を育て、中部地区の高校から多くのプロ選手を輩出する礎となった。琉球ゴールデンキングスの岸本隆一選手や金城茂之選手は北中城高の出身である

▼そのキングスはBリーグ準決勝で惜しくも敗れた。特に2戦目は闘志をむきだしに戦ったが、大きな壁にはねかえされた

▼身長の低さや県外チームへの気後れなど劣等感の克服が原動力だったと話す新里さん。この意識は今の選手たちにはない。ライバルにどう向き合うかは常勝チームに飛躍する鍵となる。あの時代の情熱、知恵、スピリットに学ぶべきことは多い。(溝井洋輔)