首里王府時代から続くハーリー。行事の一つ御願(うがん)バーリーでは泊、那覇、久米地区の爬竜船(はーりーぶに)3隻が海にこぎ出し、それぞれに継承された歌を朗々と紡ぐ。次世代の歌い手に、ハーリー歌の魅力や伝統を受け継ぐ難しさを聞いた。(社会部・宮里美紀)

勇壮なかいさばきの御願バーリー。船上ではハーリー歌が披露される=2018年5月5日、那覇港新港ふ頭

歌詞資料を見ながらハーリー歌の魅力を語る東恩納寛治さん(左)と仲本興平さん=5月28日、那覇市銘苅

久米に伝わるハーリー歌の歌詞を手にする金城智さん=5月26日、那覇市前島

勇壮なかいさばきの御願バーリー。船上ではハーリー歌が披露される=2018年5月5日、那覇港新港ふ頭
歌詞資料を見ながらハーリー歌の魅力を語る東恩納寛治さん(左)と仲本興平さん=5月28日、那覇市銘苅 久米に伝わるハーリー歌の歌詞を手にする金城智さん=5月26日、那覇市前島

 廃藩置県以降、一度途絶えかけた那覇のハーリーは、1975年に復活。泊の船が琉球、那覇が大和(やまとぅ)、久米が中国を表現するとされる。3地区の歌は、似た歌詞もあるがそれぞれ異なる情景を描くなど特徴がある。

 那覇の歌の3番には次のような歌詞がある。「あぬ船(ふに)ぬ艫(とぅむ)に白鳥(しるとぅい)が居(い)ちょん(あの船尾に白鳥が居る)白鳥(しるとぅい)やあらんうみないうしじ(白鳥ではない、ウナイ神だ)」。男性にとっての女きょうだいがなるとされた守護神、ウナイ神が登場する。

 久米の歌3番は地域の特徴が歌われる。「久米(くにんだ)ぬ村(むら)や水(みじ)ゆいがゆら(久米村の水のせいだろうか) ちたてぃ若者(わかむん)ぬ並(なら)どぅる美(ちゅ)らしゃ(青年たちが並んでいる姿が美しいのは)」。久米地域の青年の美しさと水の清らかさを描く。また、中国語の唐歌もある。

 泊の2番には国王が出てくる。「此(く)ぬ人数(にんじゅ)揃(す)りてぃ首里(すん)加那志(じゃなし)めでい 出(ん)ぢ立(た)ちゅる時(とぅち)や さびやねさみ(この人数が揃った。国王の方に出ていく時なら寂しくない)」。1番の歌詞、ハーリー競漕から無事に帰れるか心配する乗船員の心境を受けた内容だ。

 何人か歌い手がいる地区もあるが、御願ハーリーで歌う時は一人。歌は口伝で受け継がれる場合がほとんどで、しまくとぅばをふだん使わない新任の歌い手たちは数少ない資料から伝統を探る必要がある。歌詞は紙で残るが、音程は先人たちの録音を頼りに耳で覚える。

 那覇チームの東恩納寛治さん(69)=那覇市=は、約40年鐘打ちなどを担ってきた。前任の歌い手が今年は出場できなくなり、急きょ3月に歌い手に。5月の本番に向け練習を始めたが、音声データ探しに難航。「誰かの声を録音したCDは持っていたが、昔ながらの歌い方か、不安で他も探した。なるべく正しい伝統を伝えたいから」と語る。記憶と二つの音声を突き合わせ、練習を重ねた。

 久米チームに所属する県非常勤職員の金城智さん(38)=那覇市=は「次世代が継承している姿を示したい」と去年から歌い手になった。20年以上聞いてきて、自信は多少あった。だが、実際に歌うと「しまくとぅばの発音ができない」ことに焦った。練習の度、久米の歌い手だった那覇爬龍船振興会の玉城徹夫専務理事に微妙な発音や抑揚の付け方を習った。

 泊チームの消防士、仲本興平さん(42)=糸満市=は、那覇市指定の無形民俗文化財「泊地バーリー」でおととしから歌い手を務める。祖父と父、叔父もハーリー船に乗った。歌い手としての目標は祖父だ。「1番は悲しそうに、2番は血気盛ん。独特の節回しや抑揚など、あの味のある歌声に近づきたいが、難しい」

 東恩納さんも金城さんも、「先輩たちの歌は簡単にまねできない」とうなずく。3人は「伝統を守りつつ、自分らしい歌い方を見つけたい」と口をそろえた。