国が間違って取り続けたハンセン病患者の強制隔離政策によって差別や偏見を受けたとして、家族509人が29日、国家賠償法に基づき、謝罪と損害賠償を求め熊本地裁に提訴した。

 2月に第1陣の家族59人が提訴しており、第2陣と合わせると、原告は計568人になった。今回沖縄から244人が加わり、九州・沖縄地域の4分の3を占める。

 いわれなき差別や偏見は家族にも及んでいるのは明らかである。

 国の誤った隔離政策に原因があることは言うまでもないが、医学的根拠も何もないのに差別や偏見を広げた私たち一人一人も深刻に受け止めなければならない。

 国の隔離政策が「ハンセン病は恐ろしい伝染病で、患者は療養所に隔離し、地域社会から排除すべき存在である」と差別や偏見を助長し、生活を共にする家族にまで及んだ-と原告らは訴える。

 学校で、地域社会で、差別され、一家離散だけでなく、結婚や就職など人生のさまざまな局面で家族であることを隠して生きることを余儀なくされた。家族が受ける被害に対し、国は謝罪や賠償をすることなく放置してきた-などと強く批判している。

 原告は元患者の子のほか、発症時に同居していた兄弟姉妹、配偶者、親、孫、おいやめいら20~90代の男女である。

 名前を変えたり、家族関係を隠したりして生きざるを得なかった原告らは患者と同様、過酷な生を強いられた。

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 ハンセン病患者の隔離は1907年に始まった。31年の旧「らい予防法」で強制隔離が法制化された。

 実際は感染力や発病力が極めて弱い。40年代以降は特効薬が開発され、治癒できるようになった。にもかかわらず、国は96年まで、らい予防法を廃止することなく、隔離政策を継続した。熊本地裁は2001年、元患者らの訴えに対し、隔離政策の違憲性を認め、賠償を命令。判決は確定した。

 らい予防法の廃止から3月末で20年となる。民法の規定で損害賠償請求権が消滅するため第1陣の提訴に続き、弁護団が原告を募り、今回の第2陣につながった。

 家族はこれで救済されることになるのだろうか。弁護団代表の徳田靖之弁護士は「実際に被害を受けた家族は数千人以上と思われる」と指摘している。原告の数との乖(かい)離(り)を考えると、ハンセン病への差別や偏見がまだまだ残っていると言わざるを得ない。

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 ハンセン病をめぐっては、いまだ解決への道は遠い。

 患者の裁判が1948~72年に、療養所などに設置された「特別法廷」で95件開かれていることがわかっている。

 特別法廷は非公開で、憲法が保障する「裁判の公開の原則」に反する。無実を訴えながら死刑判決が言い渡され、執行された被告がいる。人権の砦(とりで)の司法も差別と偏見に縛られ、公正な審理だったか、重大な疑問が生じている。

 療養所で暮らす元患者の平均年齢は83歳を超え、約4分の1が認知症であるとの調査がある。家族への賠償問題など積み残した課題は多い。