沖縄戦に動員されたひめゆり学徒隊の一員で、語り部として戦争体験を伝えた上原当美子(うえはら・とみこ)さんが5月19日、亡くなった。90歳。葬儀・告別式は本人の希望で、同月22日に家族葬で執り行われた。小学校教諭を退職後、ひめゆり平和祈念資料館の設立に携わり、亡くなる3カ月前まで語り部として活動。「戦争を起こすのも、起こさないようにできるのも人間」と平和の尊さを訴え続けた。糸満市出身。

元ひめゆり学徒隊として戦争の恐ろしさと平和の尊さを訴え続けた上原当美子さん

講演する上原当美子さん=2015年06月21日

元ひめゆり学徒隊として戦争の恐ろしさと平和の尊さを訴え続けた上原当美子さん 講演する上原当美子さん=2015年06月21日

 沖縄師範学校女子部の3年生だった17歳の時、陸軍病院に動員され、負傷兵の看護に当たった。爆撃や米兵による射殺などで、学友が命を落とすのを目の当たりにした。ひめゆり平和祈念資料館の設立時には、遺品や写真など展示資料の収集に尽力。今年2月に倒れ、入院していた。倒れる2日前にも同館を訪れていた。

 普天間朝佳館長は「学友を救えなかった苦しみが平和の語り部としての原動力になっていたようだった。長い間、本当に頑張っていただいた」としのんだ。

 通夜には、同館の関係者や設立に関わったひめゆり同窓生も駆け付け、別れを告げたという。

 長女の金城美智子さん(64)は「戦争を生き延び、語り部としても精いっぱい生きた。強い絆で結ばれたひめゆりの仲間たちと過ごした時間は、幸せだったと思う。涙ではなく笑顔で見送ってほしい」と話した。