【ウォード麗奈通信員】2年間の英国生活を終え、このほど帰国した読谷村出身の儀間南さん(25)。英国滞在中は持参した三線で演奏を披露し、交流の輪を広げた。現在、本場の八重山民謡を習うため石垣島で練習に励む。「今後も、これまでお世話になった人たちに恩返しができるよう、三線で周りの人を幸せする人になりたい」と希望に目を輝かせる。

旅行先のオーストリアのウィーンでサックス奏者とセッションする儀間南さん(右)

 儀間さんは、古里の読谷村が好きで10代の頃は読谷から出ることすら考えていなかったという。沖縄キリスト教短期大学保育科を卒業後、就職先の竹富町・西表島で海外経験が豊富な同僚たちに影響を受けて海外に行くことを決意。上京して英国行きの資金をため、ワーキングホリデービザを取得した。

 長旅の末、初めて異国の地に降り立った日のことは今でも鮮明に覚えているという。英国ヒースロー空港から重たいスーツケースを引き、三線片手にホテルへ向かう途中、長い階段の多い地下鉄での移動でイギリス紳士たちが助けてくれた。

 半年間のファームステイ先のバッキンガムシャー州ミルトンキーンズでは、言葉がほとんど分からなかったにもかかわらず、周囲のみんなに優しくしてもらった。儀間さんは「私にできる唯一のこと」で恩返ししようと、小3で始めた歌三線を夕食後に聞かせた。

 ある日、食事会が開かれ、集まった村の人々の前で歌う機会をもらい「てぃんさぐぬ花」と「島唄」を披露した。大勢の外国人の前で演奏するのは初めてで少し緊張したが、参加者たちは真剣に最後まで聴いていたという。中には泣いている人も。改めて音楽の素晴らしさを実感した儀間さんは、もっと三線のパフォーマンスをしたいと思いロンドンへ移った。

 ロンドンに移住して間もなく、ネットを通してロンドン沖縄三線会の存在を知り、同会のメンバーとしておきなわデーやジャパン祭りなどのロンドン市内のイベントに参加。小1の時に始めた琉球舞踊を三線会のメンバーに教える機会も与えられた。この三線会との出逢いは、儀間さんの人生の中でかけがえのないものになった。

 滞在2年間の最後の半年は毎月ギグ(小規模なライブ)ができるくらい人脈が広がった。「本当にたくさんの方に助けられ、支えられ、応援してもらい、人と人のつながりの大切さを教えてもらった気がします」

 路上や駅などでパフォーマンスをして投げ銭をしてもらうバスキング活動も積極的に行い、ロンドン滞在中だけではなく、帰沖する際に旅行で回ったヨーロッパの国々でも道端で歌三線を披露した。8カ国でバスキングをして一番印象に残っているのが、オーストリアのウィーンの道端で演奏中、サックス奏者に話し掛けられて一緒にセッションをしたこと。どんな曲でも合わせるからと言われて選んだ曲は儀間さんが一番好きな「童神」。見事に合わせてきて「さすが音楽の都ウィーン!」と感激したという。