【読谷】71年前に「集団自決(強制集団死)」が起きた読谷村波平のチビチリガマで2日、遺族会(與那覇徳雄会長)主催の慰霊祭があった。遺族やガマにいた当事者ら30人余が参列。亡くなった人をしのび不戦の誓いを新たにした。

ガマの中に設けられた祭壇に手を合わせ、犠牲者の冥福を祈る遺族ら=2日午後1時すぎ、読谷村波平・チビチリガマ

 母方の祖父母ら5人を亡くした與那覇会長は「戦後71年がたっても沖縄は国策に翻弄(ほんろう)され続けている。私たちは足元を見つめ、チビチリガマの悲劇を世界のどこでも二度と起こさせてはならない」と語った。

 1945年4月1日に沖縄本島に上陸した米軍は2日にはチビチリガマ周辺に侵攻。ガマに避難していた住民約140人のうち、80人余が亡くなった。

 遺族会によると、戦後40年ほどたって遺族の一部は重い口を開き始めたが、つらい記憶をいまだに話すことができない人もいる。

 当時5歳で家族8人全員が生還した上地竹さん(76)も近年まで語ることができなかった一人。「平和が続くことをいつも願っている」と言葉少なに話した。

 村職員労働組合青年部は3回目の参加で9人が手を合わせた。

 20代の男女5人でつくるアカペラコーラスグループ「デュゴン デュゴン」は平和を訴える歌を披露した。