相模原市で、児童相談所に通所していた男子中学生が自殺を図り、重い障害を負った後に死亡した。生徒は、両親と離れて施設で暮らしたいと申し出ていた。児童相談所は、親が定期的な指導に応じていることもあり、強制的な隔離措置を行うだけの急迫性はないと判断した。しかし、その後も虐待が続き、惨事に至ったという。

木村草太氏

 多くの人は、児童相談所の対応不足を感じただろう。児童相談所は増え続ける業務に疲弊している。人員・予算の不足に対する早急な手当てが必要だ。ただ、子どもの安全確保には、「量」だけでなく、「質」の面で見直すべきこともあるのではないか。

 児童相談所は、「児童に関する家庭その他からの相談」、「児童及びその家庭」についての調査・判定、指導、「児童の一時保護」など幅広い業務を担当する(児童福祉法12条、11条)。子どもの成育環境を整えるためには広範な配慮が必要なためだ。

 児童相談所は、子どもと家庭との関係を取り結ぶことを重視しており、必ずしも子どもの代弁者ではない。子どもの主張に耳を傾けつつも、家庭の意見にも配慮しなくてはならない。両者の意見が対立すれば、どちらの利益・意見を優先させるかの判断までしなくてはならない。子どもの当面の意思に反する対応をとることもある。

 つまり、子どもと家庭の利害対立という観点から見た時、今の児童相談所は、原告・被告双方の弁護士と裁判所の役割を同時に担っているようなものだ。これでは、子どもが心から安心できる対応にならないのも、やむを得ないのではないか。

 司法の現場では、各当事者がそれぞれに利益・意見を主張する。自分だけではうまく主張できない人は、自分たちの代弁者である弁護士を付けることもできる。そして、中立的な第三者が、両当事者の主張を聞いて裁定する。これを対審構造という。憲法82条は、法廷で正義を実現するために、裁判は対審構造の下に行うと規定する。

 このシステムは、児童相談所の在り方にも重要な示唆を持つ。児童相談所の業務は、裁判所に匹敵する重要なものだ。だとすれば、児童相談所がいかなる対応が適切かを判断する前に、子どもの主張を専属的に聞く人がいなければならないはずだ。

 未成熟な子どもの利益を守るのは、本来は保護者の仕事だ。しかし、保護者と子どもとの間に利害対立が生じた時には、保護者に代わって子どもの権利を守る代理人が不可欠だろう。家庭からの隔離の訴えがあれば、とりあえず保護する。それに不満のある家庭には不服申し立てを認め、第三者による最終判断をする。そうした制度を構築すべきではないだろうか。

 「子どもの権利」がうたわれて久しいが、いまだに、子どもは「権利の主体」ではなく、「保護の対象」と理解されているように思われる。親としては、「子に良かれ」と思ってしていることが、子の意思に反すること、利益侵害の可能性を認めるのは辛いことだ。しかし、その辛さを受け入れることが、子の人格の尊重の第一歩だろう。保護・教育の名の下に、子どもの権利侵害の危険が隠れていることを自覚しなければならない。(首都大学東京教授、憲法学者)

(木村氏は4月1日から同大教授に就任しました)