【名護】自宅から畑までのおよそ600メートルを相棒の「リヤカー」を引く。畑で耕運機を巧みに操作し、地域からは「田港のおじー」と親しまれているお年寄りがいる。雨靴に軍手、麦わら帽子が似合う名護市屋我地饒平名の田港朝貞さん。今年96歳になる。「子や孫におみやげの野菜を持たすため畑に来るよ」と元気いっぱいだ。

巧みに耕運機を操る田港朝貞さん=名護市饒平名

 5歳年下で82歳で他界した妻・君さんの仏壇への「うちゃとー」(お茶を供え)で一日が始まる。「朝は6時に起きる。おばーと一緒にお茶を飲むからね。7時には畑に行くよ」と笑顔。通称「ながさきばる」にある畑までは、およそ600メートル。「これまで600坪を耕したかな」と耕運機のレバーを巧みに操作する。耕運機歴約45年、周囲も一目置く存在だ。約3千坪を耕すのが目標という。

 長さ約1メートル、幅50センチの荷台があるリヤカーは使い勝手が良いように自身で改造した。20代前半に大阪の重機会社に勤めた経験を生かした。部品探しにホームセンターや農機具会社を回るのが日課だ。

 隣に住む上原俊彦さん(78)は「田港のおじーは畑が友だちのようです」と話す。

 子ども5人、孫10人、ひ孫20人の子宝に恵まれ「彼岸の時は子や孫にラッキョウのみやげを持たせた。今はトウガンを植え、ヘチマは6月から収穫できるが去年タマネギを植えて失敗したからやめた。墓と畑が近いからシーミー(清明)の時には自分たちで収穫させるよ」。ひと仕事終え相棒のリヤカーと畑を後にした。(玉城学通信員)