沖縄戦で「集団自決(強制集団死)」が起きた沖縄県読谷村波平のチビチリガマが荒らされた昨年9月の事件で、保護観察処分を受けた少年4人が17日までに、73年前のガマで何が起きたかを調べたリポートや感想文を遺族会に提出した。「毎年6月にはチビチリガマで手を合わせに行きたい」。たどたどしい文字でつづられた自省の言葉。那覇保護観察所が義務付けた社会貢献活動などを終えた格好で、事件は一つの区切りを迎えた。(中部報道部・篠原知恵、比嘉太一)

少年たちの書いたリポートを読み上げる遺族会の與那覇徳雄会長(左)と、野仏の制作を通して少年たちと交流した彫刻家の金城実さん=17日、読谷村儀間の金城さん宅

 遺族会の與那覇徳雄会長(63)は「少年たちを変えようとし、変わってもきた。区切りは付いたが、義務でなくなっても付き合いを続けて立派な社会人になるまで見守りたい」と語った。

 少年4人のうち3人は17日、1月に野仏を共同制作した彫刻家・金城実さん(79)の村儀間の自宅を訪れた。3人の母親も同席した。與那覇会長が「これまでの整理をしよう」と呼び掛け、1時間半ほど向き合った。ガマの修復や清掃をした2月以来、久しぶりに與那覇会長らと顔を合わせた少年らは黙りがちで時折涙ぐんでいたという。

 與那覇会長は、少年たちに自分で稼いだお金で遺族会に修復費などを返すように伝えた。母親からは「今後一緒にガマの清掃活動をしていきたい」との申し出もあったという。

 リポートは少年たちが遺族に初めて直接謝罪した昨年12月、遺族側が提出を求めた。今月16日に観察所を通して與那覇会長の元に届いた。リポートで、少年の1人は「天皇陛下バンザイと叫ぶ人もいた」と「集団自決」の様子を記述。金城さんが面会時に「なぜ仲間同士で殺し合うのに『バンザイ』と言ったのか」と問うと、少年は「分からない」と答えたという。金城さんは「リポートは100点中50点」としながらも目を細め、今後も沖縄戦について学び続けるよう期待した。

「大切な場所」気づき記す

 「僕はなんであんな事したのか、平気でこわしたりしたのかなど考える事ができ本当にやってはいけない事をしたと思いました」。少年4人が提出したA4用紙各2枚のリポートには、学んだ史実と謝罪や反省の言葉がつづられている。

 4人は昨年12月からチビチリガマの凄惨(せいさん)な歴史を学び、遺族の苦しみと向き合った。今年1月には保護観察処分の一環で野仏を制作。リポートには「仏像作りなどをしてとても大変な事をしたなと後悔しました」とある。

 ある少年はガマの歴史について、避難民約140人のうち83人が「集団自決」で亡くなった場所であることを強調し「戦争の悲惨さを今に語り継いでいる」と書いた。別の1人は「人との会話でガマがどんだけ大事な場所なのか気づいた。これから毎年ガマに行って手を合わせようと思います」と記した。