沖縄全戦没者追悼式には1990年に海部俊樹首相が初めて出席して以降、首相9人が計19回、追悼の辞を述べている。安倍晋三首相は首相在任の間、毎回出席し、今年で7回目、歴代最多を更新する。沖縄戦で犠牲になったみ霊に哀悼の誠をささげるとともに、沖縄の基地負担の軽減に全力を尽くすと誓ってきた。

沖縄全戦没者追悼式での安倍首相の基地負担軽減に関する発言

 第1次安倍内閣の2007年と、第2次安倍内閣の13~17年の計6回参列。沖縄返還から35年だった07年は、国内最大の地上戦の場となり、20万人の尊い命が失われたことを挙げ「沖縄の方々が塗炭の苦難を経験したことを、私は大きな悲しみとする」と表現した。

 米軍基地の集中する沖縄の負担を「確実に軽減しなければならない」と強調する一方、普天間飛行場の名護市辺野古移設を含む在日米軍再編計画を着実に推進する決意を示してきた。

 辺野古移設に伴う埋め立て承認を県が審査していた13年には、安倍氏のほか、安全保障を担当する防衛相、外相が初めて参列。式後に安倍氏は仲井真弘多前知事と会談し、那覇空港の第2滑走路を「早めに完成してほしい」と要望を受けたものの、仲井真氏が普天間の県外移設を求めていたこともあり、双方とも基地問題に触れなかった。

 13年12月に埋め立てを承認した仲井真氏は、14年の追悼式で「県外への移設をはじめとするあらゆる方策を」と普天間の危険性除去を訴えた。安倍氏は「基地負担を能(あた)うる限り軽くするため、『できることを全て行う』との姿勢で全力を尽くす」と応じたが、具体策の言及はなかった。この年も式後に仲井真氏と会談。仲井真氏は「鉄軌道導入」を要求、安倍氏はさらなる負担軽減に取り組む決意を表明し、普天間問題は「決着済み」と印象付けた。

 辺野古移設に反対する翁長雄志知事は就任後初めてとなった15年の平和宣言で辺野古移設の中止を決断するよう明確に求めた。安倍氏は「私が先頭に立って沖縄振興をさらに前へ進める」「西普天間住宅地区の返還が実現した」と政府の取り組みに理解を求めた。

 元海兵隊員の男による女性暴行殺人事件の起きた16年、安倍氏は「卑劣極まりない凶悪事件の発生に強い憤りを覚える」との認識を示した。17年には前年12月の北部訓練場の過半返還を「本土復帰後最大の返還」と説明。「基地の跡地利用を最大限支援する」と負担軽減の決意を繰り返した。

 一方で、この3年間、仲井真氏の在任中のように、式後の翁長氏と安倍氏の会談は実現していない。