◆アウェアネス知ることは その2

沖縄の団体と国連での活動に参加した時に見たTシャツのデザイン

 写真の英語を右回りに直訳すると「私たちの土地、私たちの権利、私たちの未来、私たちの家、私たちのアイデンティティー」である。4月に米ニューヨークの国連で行われた「先住民族の問題シンポジウム」の期間中に、このTシャツを見つけ、1枚持ち帰った。ある先住民族の自己決定権、先住民族としての尊厳を主張している。

 イベント会場で、多くの書物や写真、絵画とともにテーブルにTシャツは並べられていた。赤いサーモンの刺し身に似たものが目に留まり、好奇心ワクワク近寄ってみた。

 シャツの後ろも少し違う英語の表現だが、訴えの内容は同じである。「世界中の我々先住民族の声を聞いてくれ。我々の土地、我々の権利、今こそ訴えているのだ」。文字を読み終わった瞬間、反射的に出た私の声は「イエス、ウチナー、トゥー」(そうだ、ウチナーもだ)であった。そして名護市辺野古の新基地工事現場が頭に浮かんだ。

 日本政府の沖縄への理不尽な圧力、不公平な対応、差別は今始まったことではない。 2016年10月のウチナーンチュ大会終了後、沖縄の友人たちと東村高江の様子を見に行った。見聞していた本土からの機動隊の行動を見たかった。ウチナーンチュ大会には7千人の海外ウチナーンチュたちが参加した。果たして何人が辺野古の当時の状況を把握し、さらに高江の状況を目撃しただろうか。あるいは聞いて知っていただろうか。郷土への思いは選択的なものだろうか。見ざる、聞かざる、言わざるでそのまま帰国したのだろうか。いくらかは認識(アウェアネス)して帰国しただろうか。ウチナーの権利の問題は国際的に認識させることが絶対に必要である、と昔から思っていた。 

 高江に到着するや否や、昔からの知人がマイクを持ってきた。状況に応じてからと現場を見ていた。第一印象は、沖縄の基地問題の具体的な現状、起こっていた実態を国連の大スクリーンで各国の国際人たちに見てほしいと思った。北部訓練場のゲート前、本土からの機動隊員が3メートル近くで監視する中、私はマイクを握って市民団体を励まし、国連で訴える重要性も話した。

 国連のことは1990年代前半から念頭にあった。沖縄の基地の過重負担は、もう政治問題だけではなく、人権・差別の問題だとの感情が、年月が重なるにつれて強くなっていった。当時、米国で30年間生活していて、人種差別と人権問題を感受するアンテナが張りつめていた。郡立精神保健センターでケースマネジャーとして、青少年のアイデンティティーや人権問題・権利擁護などに関するケースに対応する真っ最中だった。

 加害者たちが恐れるのは、事実内容が周囲に発覚されること。コントロールを失うことになるからである。だから、沖縄の問題は、ウチナー島だけでなく国際的に真の情報を流さねばならない。(てい子与那覇トゥーシー)