沖縄県与那国町の沖合で11日、海中で沈んでいるところを発見された「与那国島の明るい未来を願うイソバの会」共同代表の稲川宏二さん(49)。愛する島と日本の行く末を案じ、最西端の島から軍備強化に疑問を投げ続けてきた。

与那国沿岸監視隊の起工式で「着工反対」のビラを掲げて抗議する稲川宏二さん=2014年4月19日、与那国町

 3月28日の与那国沿岸監視隊の編成完結式。稲川さんは「戦わないで仲良くしよう」と書いたプラカードを手に駐屯地前に立った。「配備された以上は自衛隊員も島民。隣人同士、仲良くしながら、隣国とも仲良くする。彼らを戦場に行かせない運動を続ける」と静かに語った。

 約20年前、サトウキビの収穫を手伝う援農隊で与那国に来島。島民と自然にひかれ、大阪からの移住を決意した。

 共に助け合いながら生活してきた島民を自衛隊配備問題が引き裂いた。「祭りや日常生活までギクシャクがある」と、肩を落としていた姿が忘れられない。国策に翻弄(ほんろう)される小さな島の現状を知ってほしいと、ブログで情報を発信。軍事的な緊張が高まれば、犠牲になるのは国境の人々や自衛隊員だと訴え続けた。

 「日本は戦争しない国から、戦争を欲する国になった。このままでは先島諸島が戦場になりかねない。沖縄を切り捨てないでほしい」。今月8日、最後に更新したメッセージが「遺言」になってしまった。(前八重山支局長・新崎哲史)