「誠にお粗末なものではあるが沖縄の復興に歩調をあわせて吾々(われわれ)の新聞も成長して行くであろう。新聞の使命は重大だ。これを十分はたして行くことを念願して努力を捧(ささ)げよう」

 1948年7月1日の沖縄タイムス1面に掲載された「創刊のことば」である。

 県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦で、郷土は灰じんに帰した。戦争終結から3年後、傷跡がまだ生々しく残る中での出発だった。

 当時、新聞発行は米軍政府の許可制で、ガリ版刷りのわずか2ページの紙面構成で産声を上げた。現在の新聞と比べるとタブロイド判の見栄えはお粗末だが、「郷土再建」への気概がうかがえる。

 沖縄タイムスは号外が創刊号より先行するという新聞業界でも珍しい経緯をたどった。「通貨切り換え」という県民生活に直結するニュースを入手したからである。

 創刊時のメンバーらが6月28日、新聞発刊の許可証を受け取りに米軍政府に出向くと、担当者から1枚の英文コピーを手渡された。「B円(軍票)の通貨切り換え」の軍布告だった。号外を出すことを決め、翻訳を急いだ。鉄筆で紙面をつくり、手回しの輪転機で、刷り上がったのは翌日の早朝だった。6千部の号外が配られた。創刊2日前だった、と社史は伝える。

 号外では「通貨切換の重要性に鑑みて」と創刊号に先んじた理由を説明した。

 米軍政下の制約はありながらも戦前・戦中の新聞から決別、読者とともに歩む姿勢を示した号外である。

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 「創刊のことば」は、冒頭で「吾々の生活はまことにみすぼらしいものではあるがしかし決して失望してはならぬ」と訴える。地域に根差す新聞社として県民に寄り添い、励ますことも重要な使命と考えたのだろう。

 沖縄タイムスは2008年度、創刊60年を記念して「地域貢献賞」を創設した。地域社会のために地道に活動している個人や団体をたたえるものである。10回の節目を数え、大城花咲爺会など総勢49個人・団体を表彰している。

 深刻な子どもの貧困問題を解消するため16年度には「沖縄こども未来プロジェクト」を立ち上げた。企業や個人のサポーターを募り、これまでに貧困問題に取り組む23団体を支援。17年度からは小中学生の「入学応援給付金」を始め、656人に支給した。貧困の連鎖を断ち次代を担う子どもにとってより良い社会を築く手助けになればと思う。

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 辺野古新基地建設問題で県と国が対立を深める中で、ネットでは「フェイクニュース」と呼ばれる虚偽情報や沖縄を誹謗(ひぼう)・中傷するヘイトスピーチ(憎悪表現)が飛び交う。かつてなかった言論空間である。民主主義の基盤を崩すもので危うい。

 こんな時代だからこそ、沖縄の言論機関として、米軍基地を中心とした問題をきちんと県内外に発信しなければならない。

 創刊70年の節目の日に、自由で健全な言論空間をつくるために力を尽くすことを改めて誓いたい。